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■ブログ掲載SS その3
ブログに載せていたSSをまとめて掲載したいと思います
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◆聖黒小ネタ 2013.11.2
『馬鹿野郎! お前死にたいのか!』
電話越しに怒鳴る声を鼓膜に受けてなお、練の表情は少しも動かなかった。
「死んだりしねえ」
『丸腰のくせにどうやって奴らとやり合うって言うんだ。分かってんのか、外はもう、ぐるっと囲まれてんだぞ』
「うるせえな、分かってるよそんなこと。今ここを動く方がまずい。扉開けた瞬間に俺の身体は蜂の巣だ」
『だから地下通路を使えって言ってんだ、フェンスの傍の事務所まで続いてる。逃げられるかもしんねえ』
海岸にも近い貨物用倉庫の中、練は古びたコンテナの影に身を潜めて、友人からの着信に極力小さな声で応えた。
完全に逃げるタイミングを失った。
本当ならば、奴らがこの倉庫街へ到着する前にずらかるはずだったというのに。
「危ないから切るぜ」
声を出せばその分だけ、練が今いる場所を外をうろついているだろう連中に知らせてしまう恐れがあるからと、必死に忠告する友人の言葉を遮る形で、練は着信を一方的に切った。
彼が言うように、確かに地下倉庫からは少し離れた事務所へと繋がっている通路がある。
しかし、そんな場所に入りこんだが最後。一本しか確保されていないその道の先では、奴らが待ち構えているに違いないのだ。
ざわざわと肌が泡立つ感覚。
すぐ傍に迫った死の気配。
練はジャケットの内から煙草を取り出すと、呼吸を整えるための一本に火をつけた。
誰にどんな助言をされようが、練がこの場を動くつもりはない。たとえ、この倉庫の扉が開かれてしまったとしても、だ。
「ねえ、遅いよ、誠一……」
ここへ潜入したときにはまだ西日が差し込んでいたというのに、もう外はすっかり夜を迎え、暗い倉庫の中には僅かに外から差し込む電灯の明かりがあるだけ。
いつ迎えは来るのか、その前に自分が殺されてしまうのではないか。
いい加減、忍び寄るそこはかとない不安に苛まれているところだ。
それでも、断固としてここを動こうとしないのは、誠一からの指示を破るわけにはいかないからだった。
けして、自分以外の指示には従うなと。
そう言いつけられて、練は今、ここにいる。
目的はこの倉庫の中に積まれている荷物のうちに、春日組傘下のある組織が不正に横流ししたドラッグが紛れていないかということだった。
それを確認したならすぐにも練はこの場を離れるはずだったのというのに。
目的のものが見つかったと連絡した練に届いた誠一の言葉は、その場から動くなという、最初の指示とは真逆のものだった。
待機するうちに、すっかり外は天下の春日組を裏切った頭のいかれた野郎どもに囲まれ、練は一人きり、生命の危機にさらされているわけだ。
誠一の言葉を信じていないわけではない。
しかし、彼と共に生きるということは、いつ何時この命が果てるとも知れないということだった。
痛い思いをするのも、怖い思いをするのも大嫌いだ。
みっともなくたって構わない。逃れられるものなら全力で逃げてやるし、そもそも自分はヤクザなんかではないのだから、面子など気にしたこともなかった。
けれど、腹の底でただひとつ、誠一のために生きていくという覚悟だけは揺らぐことがない。それは改めて確認するまでもない、呼吸をするように自然と練の行動のうちで根付いている感覚だ。
どうせ、一度死んだ命。あの寒い冬の線路で死ぬはずだった練を生き返らせた誠一のために、この先の人生を捧げても構わないとそう思っている。
「いいさ。俺の命は、あんたのものなんだから」
好きに使えばいい。
たとえこのまま、この身体に風穴開けられて息絶えようとも、練には約束を守れたという名誉が残る。 それはちっぽけな練が抱える、ちっぽけなプライドだった。
誠一の言葉を裏切ることなく果てるなら、それはそれで上等な人生だと思えるのだ。
煙草を咥えるだけではとても埋まらない、むしょうに今、誠一の身体に触れたかった。
噛みつくようにがむしゃらに、彼の口唇を味わうことができたならどんなにいいだろう。
ギィと、錆びた大きな音を立てて扉が開いたと同時。
男たちの怒号と共に、銃声の音が倉庫内に響き渡った。
ああ、お迎えが来たのだと、練は短くなった煙草を足元のコンクリートに押しつけ俯いていた顔を上げる。その手がかすかに震えていたことに気付いて、思わず苦笑が零れた。いつから震えていたのだろう。ずっと震えていたのだろうか。
――ねえ、あんたは褒めてくれる?
心の中で問いかけたら鼻の奥がつんとして、なぜだか練は泣きたくなった。
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◆聖なる黒夜2014 2014.2.15
事務所の内が扉越しにも騒がしいことが分かった。
若い衆が常にたまっている場所だ。さして珍しいことでもないのだが、今日はなぜだか室内の様子が気になって、練はおもむろに扉を開けると事務所へと顔を出した。
何か予感があったのかもしれない。
わずらわしいことはごめんだから、普段なら事務所の前など通り過ぎてしまうのに。
「わ、若頭!」
扉を開けた瞬間、椅子やソファの上から飛び上がった舎弟たちの目が一斉に練の元へと集まる。
しかし、練の視線はこちらを注視する彼らに向かうことはなく、視界に飛び込んできた小さなテレビの画面へとまっすぐに向かった。
「これは! そこの引き出しの中に入ってたんすよ」
「ラベルが貼ってないビデオがあるって、何が映ってるか分かんねえから再生してみろって……な!?」
「そうですそうです、無修正もんかもしれねえってこいつが!」
慌てた様子で揃って言い訳を始める舎弟たちをよそに、練の表情は動かない。
まるで吸い寄せられるかのように、ブラウン管に映し出された映像から視線をそらせないでいた。
いつのものか。
一様に紋付袴を身に纏い、広々とした座敷にずらりと座した春日組の幹部たち。
堂々とした文字が力強い掛け軸と、鮮やかに生けられた盛花が際立つ床の間の前には、今は亡き前組長、春日泰三の姿がある。
年明けに行われた宴席の様子を、定点カメラで録画したもののようだった。
彼らの前には、会席料理がずらりと並び、手にした赤い盃にはなみなみと日本酒が注がれている。
「すいません若頭、今すぐ消します」
リモコンに手を伸ばす舎弟を、練は手だけで制す。
まもなく画面のうちでは、乾杯の音頭をとる段となっていた。
名を呼ばれ、すっとその場で立ち上がる一人の男が画面の端に映し出される。
長身でありながらも、均整のとれた筋肉がつく厚みのある体躯。質がよいからこそ映えるのであろう漆黒の長着と羽織で引き締められた和装が、恐ろしいほど板についていた。
何もかもが、整いすぎている。
鋭い眼光。盃を手にした指先から、足の先にいたるまで、こんな不鮮明な映像からでも感じられるほどの精悍さ。
練は思わず、息を飲んだ。
よく知った男だ。
あの手に、何度殴られたことだろう。
あの足で、何度蹴られ、踏みつけられたことだろう。
忘れていた痛みが、それに伴う嫌悪感が、ぞっと背筋に走り抜ける。
あの腕に、何度抱きすくめられたことだろう。
あの指で、何度身体を弄ばれたことだろう。
よみがえる恐怖と同時に、どうしようもなく甘美な感覚が練の胸のうちを襲った。
あんなにも愛した男のことを、忘れられるはずがなかった。
溢れ出した感情に喉が詰まって、呼吸が乱れる。今でもこんなに思いが鮮烈に残っているだなんて。
しかし盃を空へと掲げた男が口を開いたところで、その発せられた声に、練の心臓が動揺にどくりと脈を打った。
あの口で、何度名を呼ばれたことだろう。
あの口唇と、何度口づけを交わしたことだろう。
スピーカーを通しているからではない。テープが劣化しているからでもない。
テレビから聞こえる男の声は、練の記憶に残る声と、随分と変わっているように思えた。
誠一は、こんな声だっただろうか。
一瞬でもそう思ってしまった自分に、練は愕然とする。
劣化してしまったのは、自分の記憶の方だ。忘れられるはずがないと思っていた、強烈なまでに練の中に刻み込まれた彼との記憶も、時間が経つにつれ風化してしまう程度のものだったというのだろうか。
ぐっと、握ったこぶしに力が入る。
練は舎弟たちを押しのけるようにしてテレビの前までたどり着くと、停止ボタンを押すこともなく強引にテープを取り出し、手にしたビデオカセットから乱暴にテープを引き出してごみ箱の中へと放り投げる。それはほんの数秒の出来事だ。
「他にもいらねぇもんがたくさん入ってただろう。ちょうどいい機会だ、片しておけ」
凍りついた空気が流れる中、練はそれだけを告げると踵を返して事務所を後にする。
その扉を開いてから、時計の秒針が一、二周する程度の僅かな時間で、様々な思いが飛来した胸が悲鳴を上げていた。
気分が悪い。吐き気がするようだ。
冷えた空気を吸うために屋外へ飛び出してなお、息苦しさから解放されることはなかった。
――誠一。
どうしてあんたは俺を一人残して逝ってしまったのだろう。
自分の記憶はこんなにも曖昧なものへと変容してしまったのに、感情だけは色褪せることはなく、それは相対する苦しみを生むだけだ。
どうして一緒に連れて行ってくれなかったのだろう。
なぜ自分は、今も一人で生き残っているのだろう。
問い掛けたところで答えがあるはずもなく、ゆっくりと瞼を閉じれば涙が頬を伝っていく。
二月の凍てつく空の下。
噛みしめる口唇の奥で、苦い味が広がっていった。
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◆おいしい朝ごはん食べたい 2014.10.21
その朝、麻生が目を覚ますと、テーブルの上にはおよそ完璧といえるだろう朝食が並んでいた。
一体何時に起きて準備したんだろう。材料だって、昨晩まで冷蔵庫には何も入っていなかったというのに。
「おはよ。朝飯、食うだろ」
「……ああ」
「ちょうど今、飯炊き上がったとこだから」
昨晩ここを訪れた時とは打って変わって、こちらに背を向けて味噌汁の味を調えている練は鼻歌交じりに、ずいぶん機嫌が良さそうだ。
椅子の上に置かれていた朝刊を手に取り、麻生はその場に腰掛ける。
一人で目覚めた朝は大抵、買い置きしてあるパンを口に詰め込むくらいでまともに席について朝食を味わうこともない。もっとも、朝だけに限らず自宅でとる食事なんていつだってそんなものだ。出来ないわけではないけれど、自分のために手の込んだ料理をする気には到底ならなかった。その暇にたまった書類が片づけられる。
「それで足りる? もう一品くらい作れるけど」
「十分だよ。十分豪勢な朝飯だ」
「どうせ晩飯だってあんたろくなもの食わねえんだから、余った食材でなんか作り置きしとくよ」
練から差し出された茶碗を手に取りながら、まさに甲斐甲斐しいとはこういうことを言うんだろうと麻生は思う。概ね、一緒にいるときには愛らしさばかりが目についてしまって、ともすればこの男の裏の顔を忘れてしまいそうになる。
いや、麻生に見せるこの姿の方が、練の裏の顔というべきなんだろうか。
「珈琲は?」
「食後にもらうよ」
「分かった、淹れとくから食ってて」
「朝から至れり尽くせりだな」
「できた嫁だろう?」
「まったくだ」
ここに練がいる間は、彼の日常をあえて詮索したりはしなかった。それは、このひと時だけの甘ったるい空気を壊してしまうことが怖くて、結局のところ練と向き合うことをどこかで拒んでいるからなのかもしれない。
そんな麻生の恐怖心を敏感に察しているのだろう練もまた、この場で抱えた事情をさらけ出すことはなかった。昨晩だってそう、何かあったからこそ練は連絡も寄越さずやってきたのだろうに、麻生は練の様子がおかしい理由を追及してやらなかった。求められるままもつれ合うように小さなベッドで身体を重ねて、言葉を奪うように口唇をキスで塞いだ。
そうして今日も、麻生と練はけして交わらない二人の日常へと帰っていく。手遅れになってしまう前に、いつだって挨拶もなくここを出ていく練を制止して、彼と話をしなければならないのに。
「うまい?」
「……ああ、絶品だ」
あたたかな食事を口に運びながら、優しすぎるその味に安心して今日も麻生は必要な言葉を失う。
愛情と恐怖は比例して大きくなっていく。
一滴、一滴と、たまり続けた感情はいつか溢れ出して、互いの関係を壊してしまう日がくるだろう。
それはきっと遠くはない未来のことだった。
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ブログのタイトル通りでサイトに載っけると、ちょっぴり間抜けですねw
2014.12.26
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