■ブログ掲載SS その2



  ブログに載せていたSSをまとめて掲載したいと思います



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◆聖なる黒夜 2013 2013.2.15


「奴はどうしてる」
「動きはありませんね。歌舞伎町の店から一歩も出ていないようです」
「もう五時間、か」
練が外出することを察した斎藤が、練の背中へとまわると厚手のコートを羽織らせる。練は肩にかけられたそのコートに腕を通しながら、ちっと舌打ちを漏らした。
「外はこの雪です。今夜は雀荘で一晩を明かす気でしょう。そんなに警戒する必要はないのではありませんか」
「は、一晩もあったら有り金全部巻き上げられるだろうぜ。明日はきっと荒れる。監視はしっかりとさせておけ」
「分かりました。――お気をつけて」
斎藤の返事を聞くと同時に、練は扉をあけて事務所から外へ出る。
外気は肌を刺す冷たさだ。
静かな夜。
空から舞う雪はとめどなく地上へと降り注ぎ、一晩もあれば東京は白く染め上げられることだろう。

どこへ行こうか。
行く当てはないけれど、じっとしてはいられない気分だった。
そもそも午前様まで事務所に詰めて急ぎでもない仕事をこなしていたのも、手を動かしていなければ落ち着かなかったからである。
自宅へ戻るべきか。どこか開いている店にでも寄っていこうか。
とにかくアルコールが欲しかった。吐くほど酒を飲んだなら、この一晩はなんとか越えられることだろう。





「あんた、」
「随分と遅かったじゃないか」
青山にあるマンション前で出会った思いもかけない人物を前に、練は一瞬言葉を失う。
「もう少しで凍えちまうところだった」
いつからここにいたというのか。玄関ホールの前にある植え込みの縁に腰をかける龍太郎は、吸っていた煙草を携帯灰皿へと押し付けてからこちらへと向かって歩み寄ってくる。
「どうして、ここに?」
「帰りたくない気分だったんだ。お前だってそうなんだろう」
知ったような口を利く。
少しだけむっとする練は、龍太郎の言葉には何も返さず、近づいてきた彼の脇を無視して通り過ぎる。
「帰りなよ。今夜は俺、一人で飲みたい気分なの」
「なんだ、入れてはくれないのか。このままじゃ凍え死んじまう」
「こんなところで凍死だなんてやめてよね。あんたが死んだら俺のせいにされちまうだろ」
会話をしながらも、練は後ろを振り向かなかった。
龍太郎を振り切り、さっさとマンションの中へと入ってしまおう。
どんなに苦い思いを味わうと分かっていても、彼の顔を見れば求めてしまう自分を抑えきれない。

「練」
唐突に背後から肩へと伸びてきた龍太郎の手に、練はびくりと身体を震わせる。
てっきり肩を掴まれるのかと思って身構えていたのに、彼の手は予想外にも、いつの間にかコートの上へと積もっていたらしい雪を優しく払いのけただけで去っていく。

意図せず、練の眉根が歪んだ。
龍太郎はずるい。
分かってやっているならあまりに性質が悪かった。

優しさなのか。
嫌がらせなのか。
贖罪のつもりなのか。

今夜は己を律してなどいられないだろう。
だからこそ、一人きりで狂ってしまいたいのだ。

「しかし、すごい雪だな。今夜は世界が止まってるみたいだ」

静かに降り続ける雪は、やむ気配がない。
いっそ、何もかもを白く覆って全てを隠してくれればいいと思った。
記憶も、思考すらも消し去るほどに白く、深く。


結局、
アルコールの力を借りても、誰の熱に縋ったとしても、この夜を超えることほど難しいことはないのだと練は思った。




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◆朽木の思い出  2013.6.19


どうしても出席せねばならないお偉方との会合があるからと、京都へ向けて都内を出発したのは昨晩のこと。
飛行機か新幹線を手配すると言われていたものの、練はそれを辞退して、一人車を飛ばして現地へと向かった。
当然のことながら部下たちに猛反対を食らった練だが、言うことを聞けるほど機嫌もよくはなかった。
いい加減、日々の雑務にうんざりしていた。
一人になりたかったのだ。長いようで短い、その道のりだけだとしても。

車を残しては行けない、と、練は帰り道も自らが運転していくことを伝え、部下たちを振りきって車へと乗り込んだ。
本当ならばすぐにでも戻らねばならないところ、しかし練はもうしばらく、干渉を受けない空間で楽に呼吸がしたかった。
元より運転することは苦ではない。愛車で高速道路を飛ばしていれば、多少なりとも気分が晴れるというものだ。

真っ先にインターへとは向かわず、京都市内を抜け、367号線を北上したことに、別段意味はなかった。
はじめはただ、流れに乗って車を走らせていただけだ。
そのまま走ればどこへたどり着くのか、十分に理解していたけれど、ただ、引き返すのも面倒だった。

昔は対向車が来るだけで、通るのがやっとな道だった。今は道路も広くなって、随分と走りやすくなったという。
まだ、己が何者になるかなど想像もしなかった時分。
故郷の景色は今も変わらず、あの場所にあるのだろうか。

そう、感傷に浸りかけたところで、はっと練の目が覚める。そんな場所へ向かったところで、何の意味があるというのか。
途中トンネルへとたどり着いたところで、練は311号線へと折れて、ひたすらに静かな夜の湖を眺めると、高速道路のインターチェンジへと車を進める。
その場所へ近付いては駄目だと思えるほどの執着もなければ、そもそも近付きたいと思っているわけでもない。
そこは練がとうの昔に捨ててきた、忘れ去った土地だ。もう今更、練にとっては必要のない場所だった。





早く帰りたいわけではないのに、なぜだか復路はアクセルを踏み込む足に力が入る。
これではまるで何かから逃げているようだと思って、過去に未練などないことを練は自分に言い聞かせる。
気になんかならない。とっくに捨てた過去だ。そんなものに固執しているはずもないのに。


遠く、東京へと続く道を駆け抜ける練の脳裏に、記憶の中に残る様々な顔が浮かんでは消えていく。
くだらない。
酒でも飲めば、忘れてしまえるような感傷だ。

ずきりと、胸の蝶が疼くような気がして、練は苦く笑みを浮かべた。


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◆浴衣妄想 2013.8.13


「ずるい」
 目の前に立つ男の姿に目を奪われ、自然口をついた言葉。
 背も高い。
 学生時代から警官時代を経て今へ至るまで鍛えぬいたであろう身体は、がっしりとしていて肩幅も広い。
「開口一番ずるいって何がだ」
 普段彼が身に着けている高価とは言いがたい量産型のスーツだって、おそろしく似合っているけれど。
 今日はまた一段と。
「入るなら入って来いよ。だからってお前が来たことを歓迎してるわけじゃないからな。俺は明日も早いんだ、もう風呂にも入ってきた。冷蔵庫に冷えてる缶ビールを空けたらさっさと寝ちまうつもりだった。ようするに、朝までお前の相手をしてやるつもりはないってことだ」
 時刻はもうすぐ零時をまわろうとする頃。
 練が訪れたこの場所は、最寄りの駅からも少々遠い、古びた格安のビジネスホテルだ。いや、エコノミーホテルと呼んだ方がいいだろうか。バスもトイレも共に共同のものがあるだけ、部屋も随分と狭く、寝る場所を提供するだけだという雰囲気である。龍太郎が今夜ここに泊まっているという情報は、もちろん部下から仕入れた話だった。
 どことなく薄汚れた部屋にはベッドと机と小さな冷蔵庫が置かれただけ。練は室内へと進むと、室内で大部分のスペースを占めているシングルベッドの上へと腰をかけた。
「あんたの浴衣姿なんて、はじめて見た」
「ん? そうかもな、浴衣を着る機会なんてそうはないから」
「こんな安いホテルにしちゃ、ちょっといい浴衣じゃない?」
「ああこれな、借りたんだよ。このホテル、室内着もほんとは用意されてないんだ。飛び込みだったからな、どうしようかと思ったたら、受付をしてくれたのがちょうどここの経営者だったらしくてよかったら使ってくれって貸してくれたんだよ」
「ふーん……あんたってほんと、人たらしだよね」
「どういう意味だそれは」
 ほどよく硬さの残る濃い灰色の綿麻生地に変わり縞の柄が入った浴衣は、丈が若干足りていないものの龍太郎の身体にぴたりと馴染んでいる。献上柄の角帯は浴衣とは対照的に薄い灰色のもので、少々不格好だが片ばさみに結ばれ、がっしりとした腰回りを強調しているようだった。
 視線を上げれば浴衣の合わせ目から覗く鎖骨に目を奪われる。
 瞬間、そこから手を差し入れて彼の肌に触れたくなった。ゆったりと着つけられてはいるものの、浴衣が乱れる姿はまた格別のものがあるだろう。


「お前も飲むか」
「うん」
 龍太郎が冷蔵庫から取り出した缶ビールは、きんきんに冷えていた。差し出されたビールを開けて口をつけると、練は一気に半分以上を飲み干してしまう。
 うまい。
 自覚はなかったけれど、随分と喉が渇いていたようだ。
 もちろん、乾いていたのは喉だけではない。でなければ、わざわざ今夜彼の元を訪ねたりはしなかったのだから。
 練が一息ついたことにかすかな笑みを浮かべる龍太郎は、自らもプルタブを開けて立ったままでビールに口をつける。隣に腰かければいいものを。練との距離をとることで予防線でも張っているつもりだろうか。
 それでも、彼の浴衣姿を眺めるにこの場所は特等席に違いなかった。ぐっと、ビールを呷ることで露わになる龍太郎の喉元のラインに、再び練の視線が釘づけになる。
 嚥下するたびにごくりと音を立てて喉が動き、それがひどくいやらしい光景に見えた。
 本当に、ずるい。
 誰から趣味が悪いと罵られようが、練はこの男の立居振舞にたまらない色気を感じるのだ。
 ましてや練は飢えている。目の前の獲物がいつも以上においしそうに見えてしまうのも仕方がない話だろう。
「おい練、ちょっと」
 ものの二口目でビールを一缶飲みきってしまった練は、気付けばベッドから立ち上がって龍太郎の首に手を回し、合わせ目から覗くまだしっとりと潤った彼の肌に顔をうずめていた。すん、と匂いを嗅げば、ほのかに残る石鹸の香りと、風呂あがりに吸ったのであろう煙草の香りが更なる練の情欲に火をつける。
「俺勃っちゃった、あんたがそんな恰好してるから悪いんだよ。欲情しちゃったじゃない」
「離せよ、今夜はお前の相手はしないって言っただろう」
「もう無理だよ。盛ったまま町を歩く趣味はさすがの俺にだってないし、それともここで抜いていい? あんた最後まで見ててくれる?」
「この変態が、おい、ビールがこぼれる……っ」
 カーペットの上にまだ重みのある缶ビールが落下し鈍い音を立てると同時。
 練は龍太郎の身体をしっかりと抱き寄せ、噛みつくように彼の口唇を奪った。
 ほてる身体で、口唇だけがひんやりと冷たい。
 しかしそれも次第に激しくなる口づけに熱をはらんでいき、熱に煽られるようにキスは一層激しいものへと変化していった。
 冷えたアルコールなどでは満たされない。こうして身体を重ね、粘膜を通じて体温を共有してこそ枯渇する練の心が潤されていく。
「どうするんだ、この床」
「あとで掃除してやるよ。だから、ねえ――」
 龍太郎の身体をベッドの上へと押し倒す練は、その上へとのしかかって彼の自由を奪った。浴衣の合わせ目から手を差し込めば、一瞬眉をひそめた龍太郎がふうっとため息を吐き出す。同じくしてその身体からはすっと力が抜けた気がした。
「俺のこの恰好がそんなに気に入ったんなら、好きにしろよもう」
 やめる気なんて更々ないけれど。
 組み敷いた身体の下。彼の身体もまた欲情していることが分かるから、練は機嫌よくにこりと龍太郎に微笑みかける。
 飢えていたのは自分だけではない。彼もまた、練と同じように求めていたに違いないのだ。
「お前にそういう情熱的な目で見られるのも悪くないさ」
「あんたも素直じゃないよな、まったく」
 背中へと回された龍太郎の手でなぞるように腰をくすぐられて、練の身体がびくりと震える。
 甘い痺れに身を任せる練は、長くなるであろう夜を予感しながら、むき出しになった龍太郎の鎖骨へと口唇を落とした。




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  2014.12.26