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■ブログ掲載SS
サイトの更新がとんと滞っているので、
せめても!と、ブログに掲載した小ネタをまとめてアップー!
はちみつの日、練のお誕生日話、そして桜のお話。
季節ネタ詰め合わせです。
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◆はちみつの日 2011.8.3
甘ったるい香りで目が覚めた。
部屋に染み付いているヤニくささはどこへ行ってしまったのか。
甘いものが得意ではない麻生は、無意識に眉を歪める。
酒と煙草のいつもの匂いが恋しい。
「おはよ」
「………いつ侵入したんだ」
「あんたがぐーすか眠ってた時だよ」
さも当然だとでも言うように、練はごく自然に寝ぼけ眼で上体を起こした麻生の目の前に立っている。
「食べる?」
「なんだそれは」
「ホットケーキ」
――ホットケーキ。
瞬間にはその言葉が意味する料理を思い浮かべることができずに、麻生は練の手の中にある皿に乗せられたパンケーキを眺める。
「あんたの分も焼いてやろうか?」
「いらん」
またなぜホットケーキなのか。
どうにも子供の食べるものだというイメージしか抱けない麻生だったが、その菓子とも料理ともつかない食事を手にした練の浮かべる笑顔を見つめて、あながちイメージが外れているわけでもないと思った。
ふっくらと焼けた甘い生地。
とろりと溶けたバター。
甘いものも好物である練には似合いの食べ物に思える。彼がホットケーキを手にする朝のワンシーンはなんとも平和な光景だ。
ここにホットケーキを作る材料など用意されているわけもなく、練はここへ来る道すがらコンビニで必要なものをこさえて来たのだろうかと疑問に思ったものの、練がローテーブルの前に座りこんでホットケーキを食べ出したので尋ねることはしなかった。
「珈琲いれてくる。お前も飲むか」
こくりと頷いて練が応える。
「あ、忘れてた。ついでにそこの蜂蜜とって」
「蜂蜜?」
「その袋ん中に入ってる」
練が指さした先にあるのは、よく知ったコンビニのロゴマークが入った白いレジ袋だ。やはりここへと来る途中で材料調達をしてきたらしい。
自分で取りに行けばいいのに、と心中で呟きながら袋の中から小さなプラスチックボトルに入った蜂蜜を取り出す。
他には週刊誌が一冊と、おそらく別に買って突っ込んだのであろうダンヒルが二箱入っていた。
「かけて」
「は?」
「蜂蜜だよ。かけて」
くいっと顎を動かして、パンケーキにかけろと合図を出す練に、麻生は呆れた息を漏らす。
「ほんとはメープルシロップの方が好きなんだけどさ、コンビニには置いてなかったんだよ」
やっぱりホットケーキにはメープルシロップだと、どうでもいい話をしはじめる練を前に、文句を言うのも億劫な麻生は新品の蜂蜜をぴったりと包んでいる薄く透明なパッケージをやや乱暴に破って、フィルムをゴミ箱へと放る。
ボトルの蓋を回転させて外すと、蜂蜜が溢れ出すことを防止するために小さな口に貼られた銀色のシールを外した。
「わ、」
「あーあー、なにやってんの」
やや乱暴に、が災いしたのか、ボトルの側面を押す力が強かったようで、シールを剥がすと同時に、ボトルの口からは蜂蜜が麻生の指へと溢れ出してしまう。
「扱い方が雑なんだよ、ほら、貸して」
「あ、――」
手を引っ込める間もなく麻生の腕は練に捕らえられ、気付いた時にはもう、べっとりと蜂蜜に塗れた指先は練の熱い口内へと導かれていた。
含まれた口の中で、熱の高い舌がねっとりと指先をねぶっていく感覚が麻生の神経をひやりとさせる。
直接口にして甘くはないのだろうか。
そんなくだらないことをあえて考えていたのは、そうでもしなければ朝からおかしな気分になってしまいそうだったからだ。
「練」
ぐっと手首を掴む力は強く、そう簡単に練から逃れることはできない。
もはや蜂蜜を拭い取る目的とは明らかに違う意思を持って、練の舌は動いていた。
ちゅくり、彼の口から漏れるいやらしい水音が、まだ静かな事務所に響く。
しゃぶられている指とは反対の手に、いまだ口が開いたままでいる蜂蜜のたよりないボトルを握りながら、麻生は必死に冷静な思考を手繰り寄せる。
赤く覗いた練の粘膜に捕まったまま、視覚から、聴覚から、そして指先に与えられる感覚からどうにかなってしまいそうだ。
「ごちそうさま」
いっそ、練を抱きしめてしまおうと思った瞬間。
練は麻生の指を口唇から離して、妖艶な笑みをこちらへと送った。
「お前の飯はそっちだろう。さっさと食え」
なんでもなかったという風を装うには無理があったけれど、麻生は極力平生を装って練から視線を逸らす。
起き抜けだからだろう。
下半身がじん、と疼いたことには気づかぬ振りを決め込んで、麻生は目的の珈琲をいれるべくキッチンへと向かった。
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◆練誕SS 2012.1.20
苛立ちからか、練のつま先は小刻みに足元のマットレスを叩き続けていた。
送迎用である高級車の後部座席。ゆったりとしたシートに背中を預けながらも、渋滞したまま一向に進まない車の流れに練の我慢も限界に達しようとしている。
それなのに前方でハンドルを握る斉藤の顔は、バックミラー越しに窺うかぎりいつもと変わらぬ平然とした色を浮かべているから、なぜだか練はますます腹が立ってくる。
だいたいが、望みもしない会合へと出かける最中だ。
昨晩未明から降り続けた雪は朝になる頃には東京を白く染め、交通機関に、移動する人々に多大な影響を与えていた。この冬に訪れた初雪は昼頃に一端止んだものの、夕方になってまた降り始めてしまった。
都心は雪に弱い。おそらく事故車両の撤去のために、この長い長い渋滞が生まれてしまったのだろう。
これならば徒歩の方が確実に早い。
とはいえ、下道はどこも渋滞続きで、この先速度規制をかけられた首都高へ上がらなければならないことを考えれば、徒歩での移動は不可能だったのだが。
練は思う。
どうせ予定時刻には間に合わない。
それどころか今日の会合はおそらく延期になるのではないだろうか。麻痺した交通網をくぐり抜けてまで、人数が集まるかは甚だ疑問だ。
それならば。
今ならきっと間に合う。
練は車内にかけられたコートを手に掴むと、おもむろに車のドアを開けて車道へと一人降り立つ。
温かい暖房の空気に慣れた肌に、外の冷気が突き刺さる。
「社長!!」
「お前も適当に渋滞抜けて帰っていいぜ。どうせ、今日は仕事になんかならない」
斉藤がシート越しにこちらを振り返り、慌てた表情を向けていた。
その顔が面白くて、ようやく練の心地が少しだけすっきりとする。
それでも必死に制止する斉藤の声には耳を傾けず、練は扉を思い切り閉めて、いまだ雪のちらつく歩道を自由な二本の足で歩き始めた。
傘はないけれど、今はこうして雪が降りてくる空を見上げられることがひどく嬉しい。
「そろそろお前が来る頃じゃないかって、思ってたとこだ」
行儀よくチャイムを鳴らして開けた扉の先に、微笑を浮かべる愛しい男の姿があった。一週間ぶりの逢瀬だ。
「お前、傘もささずに歩いてきたのか? とにかく入ってあったまれ」
今日はさすがに暖房もフル稼働だ、と話す龍太郎は、今日練がここへ来た理由などは分かっていないだろう。別に、練は自分の誕生日などどうだっていいと思っているし、誰かに祝って欲しいと思ったこともない。それなのに、どうしてだろう。龍太郎に会いたいと思った。
冷たいこの雪のせいだろうか。
「ねえ、冷え切っちまったんだ。暖房なんかじゃ足りない。あんたがあっためてくれるんだろう?」
濡れたコートを脱ぎながら上目遣いに龍太郎を見遣れば、彼もまんざらでもなさそうな表情を浮かべてから、馬鹿なことを言うなと声だけで練を牽制してみせる。
雪がこの東京に降る限り、こうして彼との時間を共有できる気がした。
もっともっと、降り続いて世界を白く覆ってしまえばいい。そうしたら、この場所にずっと留まることができるのに。
雪の夜は、静かでとても寂しい。
隣に龍太郎のぬくもりがあればこそ、練は楽に呼吸ができるようだった。
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◆さくら 2012.4.11
「練、か――」
ドアノブに手をかけると簡単に扉が開いた。
出かける時には鍵をかけたはずなのに、おそらくはまたあの男の犯行だろう。
室内へと進むと、ソファの肘掛からはみ出した男の足を確認することができる。脱力するように、麻生はふうっと大きく息を吐き出した。何度言っても彼は懲りない。今夜も家主の居ぬ間に侵入を果たしていた練が、ソファに寝転んで安らかな寝息を立てていた。
麻生はその表情を見下ろし、喉元すぐそこまで出かかっていた声を飲み込む。
文句でも言ってやろうと思ったけれど、練の寝顔を見てしまえば、起こしてしまうにはあまりにも忍びなかった。
きっと彼は今日も寝不足だろうから。
練の眠りを妨げることを麻生は望まない。
文句を言うなら彼が目覚めた後で十分だろうと思った。
着ていたジャケットを練が眠るソファの背へと雑にかけてから、麻生は湯を沸かす為にコンロの前に立つ。季節は春を迎えたとは言え、夜風は強く、まだ肌を刺す冷たさを含んでいた。
冷蔵庫の中で飲み頃に冷えているビールを手にとる前に、まずは冷え切った身体を温めてくれる熱い珈琲が飲みたい。
珈琲ならば、目覚めた練もきっと口にするはずだ。寝起きの酒を渡すよりかは、幾分優しいだろう。
よほど疲れていたのだろうか。麻生が物音を立てていても、練は目覚める気配がなかった。
湯を沸かすしばらくの間に、麻生は布団から毛布をはぎ取ってくると練の身体の上へとかけてやる。身体を丸めて眠るのが練の常とはいえ、今日はそれが随分と寒そうに見えた。
こんなところで風邪をひかせては可哀想だ。
冬を終え春へ移りゆくこの時期特有の気温の変化の激しさは、麻生の身体にも堪えていた。麻生よりよほど不摂生な生活を送っている練である。彼だって例外ではないだろう。
そこまでしてようやく一息つく麻生は、練が眠る向かいのソファへ腰を掛けて煙草に火をつける。胸深く吸い込む煙が細胞の隅々まで染み入るようで、麻生の肩からはすっと力が抜けていった。
テーブルの隅に置かれていた灰皿に指をかけて手前へ引き寄せると、灰皿の影に隠れて見えなかった視界の先に薄桃色をした花びらが目に入る。
一瞬何かと思ったその花弁は、よく見れば桜のものだ。
数枚の小さな花弁が、木目調のテーブルの上に散っていた。
その花びらたちの真ん中には、五枚の花びらがついた、枝の先で咲き誇る姿そのままの桜の花がひとつ。
その美しさに思わず麻生は手を伸ばして、桜の花を手の平に乗せてみる。
なぜテーブルの上に花びらなんかがというもっともな疑問も、目の前で眠る練の存在と、花びらの横に無造作に置かれたダンヒルとジッポライターが理由を物語っているようだった。
傷ひとつない美しい花弁。
練がどこかで拾ってこの部屋に持ち込んだのだろう。ここ二日ほどで満開を迎えた東京の桜はそこかしこで咲き競っていた。
麻生も舞い散る花びらの中を帰ってきたのだ。
しかし、今夜はこの強風だ。
手に乗せた花びらも、すぐにまた風に掬い取られてしまうだろう。
ならば練は、この桜たちを大切に両手のうちに閉じ込めてここまでやってきたのだろうか。
そう思うと、自然麻生の口元が緩む。
やかんの水が沸騰したことを音で知らせ、麻生は煙草を灰皿に押し付けると、桜の花を持ったままにコンロの前へと戻る。
珈琲を入れるつもりだったが、ここは日本茶にでもしようか。
軽く洗った桜の花を浮かべて目覚めた練に出してやれば、少しは粋というものだろう。
それとも、慣れないことをするなと文句を言われてしまうのだろうか。
それもいい。
春を迎えた今日を彼と共に感じられるならば、それはささやかでも麻生にとっては大きな幸せだ。
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季節に合わせたお話、もっと書けたらいいなー♪
2012.11.04
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