■それぞれの道

   どらポケ様に捧げます!

   ……とはいえ、龍練大前提、プラス及川さんという、
   おそらくはご期待に全然添えていない話になってしまい申し訳ありません……!
   練は登場しませんが、刑務所から出た後の龍太郎と、及川さんです。

   ただ、彼ら3人の縁は切れないだろうと思っているのですが、どうでしょう!?(訊くな!)
   例のごとく、大先生が少しでも作中で触れたら即削除しなければならないような作品ですが、
   龍太郎と及川さんにも、まだまだお互いの中で捨てることの出来ない愛情があるといいなと思ってしたためた妄想文です!
        
  
  
  ***


「あんたが来ないか、ずっとびくびくしてたんだ」
冗談めかして言うつもりだった言葉は、意図せず重い調子となった。これでは及川に、本音であったことが伝わってしまっただろう。
バーカウンターに向かい、麻生は顔を上げることもできず、手に持ったグラスの中の氷を意味もなく眺めた。
及川からの言葉はない。
不自然な沈黙が、麻生には痛かった。
「ずっと、生きた心地がしなかったよ」
再び辺りを包む静寂が耐えられなくて、麻生は無理に声を絞り出す。
それでもやはり、心底願った、及川からの声はなかった。


十ヶ月。
刑務所で過ごしたその時間を一言で表すことなど不可能だ。麻生の神経をぎりぎりまで擦り減らし、苦痛だけを延々ともたらした時間は、色に例えるならばまさに暗黒であった。
唯一、外界と繋がることが可能な面会だって、軽々しく応じるわけにはいかない。いつ、自分が元刑事だとばれるかわからないのだ。
ましてや、及川がやって来たならどうだろう?
そんなことは万に一つもないのに、追い詰められた心が、ありもしない未来を思い描いては精神をますます病ませていく。
もし、現実にそんなことが起こったならば?
次の日には、リンチに遭う自分の姿が容易に想像できて、ただ、怯えていることしかできない日々だった。


及川は、何を思っているのだろう。麻生は何度も雑居房の中で考えたことを、及川をすぐ隣にした状況で思う。
練を選び、過去を捨て、同僚だった者たちを裏切って、刑務所に放り込まれた麻生。ほとほと呆れかえるような男に呼び出され、彼はどんな感情をもって、今日この場にやってきたのか。
彼もまた、心中穏やかではない十ヶ月を送ってきたのだろう。
及川は止めたのだ。練に対しても、そして麻生に対しても、闇へと続く道を選びそうになる愚かな二人に、何度も忠告を与えては、先を案じてくれた。
しかし、馬鹿な二人は、結局どの言葉すら受け入れることはないまま、夜に落ちてしまった。
こんな俺たちを、あんたは憎んでいるか?――そう尋ねたくて、しかし、尋ねられなくて、しばらく重い沈黙が二人の周りを包む。
慣れた煙草と、思い出した酒の味に頼るように、静かに時間は流れていった。
その間、変化を見せるのは互いのグラスのウィスキーだけで、濃い色のそれは、身体の中へと着実に消えていく。
アルコールが身体に沁みいり、久しく忘れていた軽い浮遊感に麻生は酔った。
酒は、こんなにも優しい味だっただろうか。

「うまいな……」

小さく、正直な声が不意に口をつく。
場にそぐわないような、間抜けな一言だったと口にしてから気付く麻生だが、今更取り消すこともできない。
気まずい思いで苦笑を口元に浮かべていると、予想外にも、ずいぶんと口を閉ざしていた及川から、短く同意の声が上がった。
「それでまた、アル中の日々に逆戻り、ってか」
「うん、多分、飲んじまったからには、やめられないだろうな。煙草も駄目だったし」
「せっかく悪習を断ったっていうのに、長くねえな、そんなんじゃこの先」
「長くないだろうな。俺も、あんたも」
沈黙が破られる。
すらすらと言葉は舌を滑り、気まずかった空気が嘘のように、難なく会話は続く。
自然に話せている自分を心の中で笑いながら、似ているのだと、あらためて麻生はおかしく思った。
口下手で、本心などとても口には出せない、そんなところは、まるで及川とそっくりなのだ。
いつもそうだった。いつまで経っても核心には触れられない。どうでもいいことなら、いくらでも話すことができるのに、核の部分には踏み込めない。
時間の経過でしか、互いの距離をうまく保てない、どうしようもない二人だ。
今だってこの有様、老い先の話をしに呼び出したのではあるまいに、続く会話はすべてが限りなく意味のない、たわいない話ばかりだった。
こんなところは、昔も今も、何ひとつ変わってはいない。




「俺は、もう止めねぇよ」
椅子から立ち上がる麻生に、及川は振り返ることなく言う。
「止められないんだろう?」
重く、もう一言。
思えば二人の間に、何度も危機はあった。
しかし、今夜が本当に最後なんだろうと、麻生は悟る。
もう二度と、彼と同じ場所に立つことはできない。いくら親しく酒を交わしたとしても、及川と自分は、別々の道の上に立ってしまったのだ。
「――ああ。俺は、選んだんだ」
麻生はあといくらも残ってはいないだろう余生を、山内練という男にかける。
後戻りはできない。麻生のすべては、練のものだ。

及川が赦してくれる日は、きっと訪れないだろう。
むしろ、未来永劫、赦されてはならない。
及川をどれだけ苦しめてきたのか、それを思えば、練との関係を分かってくれなどとは、口が裂けても言えなかった。

そう、覚悟を決めた麻生は、じゃあな、と去り行く際に軽く声をかける。
しかし、背後の及川からは、またなと、意外な一言が返った。
彼は、何と言った?
店を後にし、歩きながらしばらく考えた麻生だが、結論はひとつしか出せず、及川の込めた皮肉に、思わず笑いが零れた。

及川はこれからもマル暴の敏腕刑事であり、練と縁が切れることはない。
それは取りも直さず、麻生とも縁が切れないということなんだろう。練と及川の終わりなきいたちごっこに、とうとう麻生も参戦だ。
――あんたとの勝負なら、喜んで応じてやるよ。
「……純、」
夜の街を行く麻生の頬を、一筋の涙が伝う。
感傷はこれまでだと、口唇を引きしめて疼く胸に麻生は思う。
やらなければならないことなら山積みだ。
明日からだって、食っていかねばならない。単純には運ばない人生を、憂いている暇はなかった。
踏み出した足を、もはや止めることなどはできないのだから。




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  拙い作品を読みに来てくださる方に、心よりの感謝を!
  本当にありがとうございますvv
  2009.10