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■モノクローム
誠一と会う以前の練。
という説明をつけておかないと、何がなんだかわからないという稚拙っぷりですが(苦笑)
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あれからどれだけの男にこの身を売り、肌を重ねてきたのか。
もはや、考えることすらなくなった。
感覚は麻痺し、思考は身体の奥深くに眠ってしまったかのようだ。
同じことを繰り返し、目的もなく、楽しみすらない。そもそも、楽しみとは何だろう?
ただ息をしているだけで、生きていると言えるのだろうか。
この日もまた色のない世界で生き、この夜もまた色のない夢を見る。
明け方、くたくたになって布団の中に潜りこむと、重い身体はぴくりとも動かなくなった。
膝を抱え、背中を丸めたまま、練はつかの間の休息を貪る。
目を閉じた先で思い出すのは、決まってあの夏の日と、遠く昔の淡い恋心。
悲しいとか、恨んでいるとか、そんな感情はもうとっくに失くなってしまった。
ただ、あの日、強く抱きしめられたことだけを、こんなにも愛しく思い出す。
熱く、広い胸。
大きな手の平。
触れた口唇、濡れた舌先。
涙が溢れた。
あの感覚だけを頼りに、真っ暗な道をさ迷いながら歩いているというのに、なぜだろう? 感覚は、日に日に記憶の底へと沈んでいくのだ。
こんなにも大事なのに、こんなにも忘れたくないのに、なぜ感覚は薄れていくのだろう。
閉じた瞼から流れ落ちる涙は、髪に吸いこまれ、枕をしとどに濡らしていく。
はらはら、はらはら、流れてはまた溢れ、とめどなく顔を伝う悲涙。
どれだけ夏の日の彼と自分を反芻しても、彼から与えられたぬくもりは思い出せなくなっていた。
文字に起こしたような無機質な事実が残るだけで、あの感覚を忘れてしまったならば、何の意味もなさないのに。
あの熱だけが、崩れそうなこの身体を支えていたというのに。
目深に布団をかぶり、練は声を殺して泣き続ける。
胸が苦しくて、必死に消えかけている感触を探した。耳にかかった息、触れられた場所、顔、声、体臭、蝉の音――。
それら全てが、あのあと幾人にも触れられたから、とうとう失くなってしまうのだろう。
涙が、溢れた。
いつか文字化してしまったような冷たい事実さえ、夢となって消えてしまうのだろうか。こんなにも、覚えていたいと願っているのに。
―――ん、練……。
名を呼んでいるのは、懐かしいあの声。
「練」
懐かしい? そう思って、いや、馴染んだ声だと練は気付く。十年越しの想いを遂げ、やっと手に入れた、愛しい人の声だ。
「……龍、太郎……?」
瞼を開けて見上げた先には、長い間恋焦がれた、今も恋しくてたまらない男の姿があった。
「お前、泣いて……」
「……ん…? うん……夢の中で、夢を見てたみたい」
「夢の、夢?」
「そう。夢の中の夢で、あんたを見てた」
寂しい夢。寂しかった自分。そして、今在るあたたかさに止まらない涙が溢れる。
目の前にいる龍太郎の、優しい色が練の瞳に分かる。
彼は微笑み、悲しさに喘いだ身体をしっかりと抱き寄せてくれた。
あの夏の彼の腕も、そう、これくらい大きかったはずだ。
夜は長くまだ暗いけれど、日が昇ったならば、金色に輝く街を見つけることができるだろう。
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2008.10
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