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■聖夜
クリスマスシーズンですから、季節ネタを!
甘すぎる話を書く傾向があるので、甘くないクリスマスを!との結果……生まれた作品ですが……。
今回も失敗したな!!(笑)
長くなったので、次のページへ続きます。
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赤、緑、金色。
ツリーとイルミネーションに溢れた街は、呆れるほどにクリスマス一色だ。
鮮やかに飾られたショーウインドーを眺めれば、真っ黒なスーツに身を包んだ、疲れた顔の自分の姿が映り込む。クリスマス商戦で熱い街にぽつんと一人、自分だけが浮いている気がした。
今夜は帰れるだろうか。
今夜が駄目でも、明日の夜はどうだろう。
年末とは言え、忙しすぎる日々にはほとほと嫌気がさしている。
「若、お時間です」
嫌な声に呼ばれ、練はうんざりと息を吐いた。
また一人、この場所にやって来たのは、きらびやかな街に不釣り合いな、闇に沈んだ人間だ。
かけられた言葉に対して、練はぶっきらぼうに応える。
「今行く」
所詮、俗世とは言え、違う次元に生きる身。きらきらと輝く世界から追い出される心地で、練は黒塗りの車へと乗り込んだ。
「何時頃になる」
「お開きがですか?――状況によりますが、おそらく零時近くになるでしょうね。その後は、あちらさん次第でしょう。誘われたなら、断らない方が賢明です」
「……そんなことは、分かってる」
走り出す車の中、黒くスモークが貼られた窓から、街を見やる。
色とりどりの明かりが遠くなるにつれ、練の胸は小さく疼いた。
会いたいと、こんなにも切なく思うのは、すっかり寒くなったからだろうか。
賑わう人々を背にして、どうしたってその世界には帰れない自分が分かっているから、無性に恋人の熱が恋しくなった。
今夜はクリスマスイブ。賑わしいこんな夜に、あの野暮ったい男は何を思っているのだろう。自分のことを、僅かでもいいから思い出してくれているのだろうか。
それならばまだ、救われるのに――。
結局、その夜自宅へ帰りついた頃には、零時どころか、午前三時を優に回っている時刻だった。
明日の予定を考慮すれば、とても会いに行く時間などはない。年末ということもあり、互いに多忙の身だ。
縋るように取り出した携帯電話には、着信も、何のメッセージすらなく、無機質なその機械が、なぜか腹の立つほどに疎ましく思えた。
「………っ!」
ソファの上へ、力強く投げ付けた携帯が沈む。
無意味だ。鳴らない電話を待つことほど、虚しいことはない。
口唇を噛んで、鎮まらない苛立ちを持て余したまま、練はダンヒルに火を点けた。
皮膚の下の血管が、ざわざわと騒ぐ。
サイドボードから取り出したバーボンを瓶のまま呷っても、じくじくと疼く胸は治まることがなかった。
会えないのは、喧嘩別れしたからじゃない。仕事が忙しいからだ――繰り返し言い聞かせることにも、限界というものがあるらしい。
そんな口先だけの呪文では、いつまでも欲求を抑えられようはずもない。
投げ捨てた携帯電話を一瞥した練の眉間に、深く、しわが刻まれていった。
「りゅう……――」
呼ぶな、と、己を律したはずに、脆弱な心は求めてやまない彼の名前を欲する。
呼べば、きっと我慢が効かなくなるのに。苦しくなるだけなのに。
それでも、薄弱な意思は男の名を希求して止まない。
「……龍太郎……」
その名を口に乗せた瞬間、きゅっと、心臓が掴まれたようだった。
鼻の奥が、染みるように痛む。
春日組若頭と畏れられる練の心は、その実、人が思うほどに強くなどない。嫌というほどに自覚しているそれは、脆く危ういものでしかないのだ。
愛する者の名を口にしてしまえば、セーブの効かなくなった身体に、練はますます追い詰められていく。
「龍太郎……龍、たろう……――」
一度呼んでしまった名を止めることもできず、眠ることさえできず、ただただバーボンを身体の底へと流し込む。
自暴自棄になったなら、味なんて最早どうでもよかった。口にするものがアルコールであるならば、なんだって構わない。
眠れない苦しさに駆られ、探ったポケットから取り出した小さな銀色の包み。青みがかった小さな錠剤が入ったそれを随分と長い間手のうちにぎゅっと握っていたけれど、ヒートシールが手の平を赤く傷付けるようになっても、練は薬を口にすることはできなかった。
外の光が届かない、冷たい明かりだけが照らす部屋の中で、それは最後の理性だっただろうか。
死にたくないなら酒と一緒には飲むなと、言われた台詞が頭を回り、同時に龍太郎の憎らしい顔が思い出された。
「りゅう、たろう……――」
まだ、あの男の前から消えてしまいたくはない。
会いたいのだ。深酒でもごまかせないほど、会いたくてたまらない。
飲んで、飲んで、朝がいつ訪れたかも分からないほどに浴びるほど飲んで、朦朧とした意識で気付いた時。
投げ捨てたままだった携帯が、うるさく鳴り響いて練を呼んでいた。
歓迎したくもない、部下からのモーニングコールである。無視するわけにもいかない練は、緩慢な動きでもって手を伸ばすと、携帯電話を視界に捉える。
開いた手の平からは、すっかり角がなくなった包装に包まれた錠剤が、足元に落ちて行った。
固まったかのような指先は痺れ、じん、と、小さく傷付いた手の平が痛む。
そして携帯は、まるでその痛みを無視するように鳴り続けて、練を急かす。
――さあ、今日も、お仕事だ。
無意識下で頬を伝った涙は、ソファの布へと染みていった。
感傷に浸るのはここまでだと、ふらつく足で冷えた床を踏みしめて、酒くさい息を吐き出す。
選んだのは誰でもない、自分だ。
亡き男に何度も問いかけ、愛しい男にさんざん引き止められ、女々しい葛藤の中で、この道しか練には選択することができなかった。
立ち止まるわけにはいかない。
自分には、やるべきことがある。
シャワーを浴びて、よれたシャツを代え、放り出したネクタイを締め直し、扉を開けて陽光注ぐ外界へと歩き出す。
久しぶりに、頭ががんがんと響くように脈を打っていたけれど、無理に平生を装って迎えにやって来た車の中へと乗り込んだ。
「おはようございます、若」
重低音のその声さえ、不快なほど頭に響いて鈍痛が走る。
完全に、飲み過ぎだった。なんたって、昨晩からのアルコール量は半端ではない。
それでも、まだ飲み足りないような気分が拭えない練は、その証拠に、濃い色をしたフルボトルを手にしたままだ。
「それ以上飲まれては……」
「黙ってろ。……これくらいじゃ、酔っ払ったりしない」
みじめったらしく泣いている場合ではないのに、車内に持ち込んだボトルを手放す気になれなかった。質は悪いが、こんなものでも安定剤代わりというべきだろうか。
「何時頃になる」
「……夜の予定になりますと、午後七時からの役員会議、会食と続きます」
聞きたくもない言葉たち。
窓の外の派手な装飾。
置き去りにされたかのような孤独感。
練は走り出す車の後部座席に埋もれ、手にした酒を呷る。
「――若、飲み過ぎなんじゃありませんか」
「てめえは黙って運転してろ」
「………は」
耐えられないと、泣き出したくなった練は、座席に座る自分を、ある種の違和感を伴いながら俯瞰していた。
手の痛みも、頭の疼痛も、爛れたように疼く胃の感覚も、全てがぼんやりと遠い。
見ているはずの風景も、聞こえているはずの音も、遠く、フィルターがかかって分からない。
酒が脳を侵し始めたんだと、不思議な感覚の海に沈みながら、練は途端に可笑しくなった。
ボトルを離せない手がひどく滑稽だと、俯瞰している練が無邪気に笑う。
そこからは、何を話し、どう行動したのか、後から振り返ればよくは思い出せなかった。
飲み過ぎたアルコールのせいだろうかとも思ったけれど、浮遊感とは別の感覚を味わっていた気がする。
ただ、見ていた。
こんなぼろぼろの身体で、淡々と予定だけはこなしていく練自身を眺めていた気分だ。
まるで他人事。
見たくもない顔を前にして、笑い、話し、酒を飲んでいたのは、一体誰なのか。
確実に自分だというのに、そんな当たり前のことが分からなくなっていく。
唐突に練を襲った吐き気は、アルコールの過剰摂取のせいだったのだろうか。現実感のない身体には、その吐き気すら、リアルには感じられなかった。
霞がかった意識の中で、長い、長い一日は続く。
長い会議を終え、料亭へ向かう車内で、スラックスのポケットのうちに収められた携帯電話が振動していた。
すぐにバイブレーションが止まったことで、それがメールの着信であることが知れる。
練は、はっとして操作した携帯電話の画面を覗いた。
『明日は休みなんだ』
たった一言、ディスプレイに表示されたのは、最後の句点すらないそっけない文面だ。
まったく無骨な男だと、送り主の男に対し、練は精一杯の悪態をつく。
「……若? いかがされました」
身体は、とうに限界を迎えていた。
これ以上会わないでおくには、心が壊れてしまうほどに。
もう、我慢なんてできそうにない。
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続きはNEXTからどうぞ! 2008.12
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