■ねじれて

  及川さんが幸せそうな話をストックの中から探そうとしたら、ひとつもなかった(笑)
  相変わらずのうだうだっぷりで、どうにもならない二人です。
  書いてても鬱陶しい!!(コラ)
  
  ***


「飲みすぎだ、馬鹿。自分がぼろぼろになるまで飲んでどうする」
「……純には、分からないよ。俺は弱いから……酒に頼っちまうくらいに」
管を巻く龍太郎に、及川からは身体の底より重い溜め息が出た。
酔えば手に負えない。
時には上機嫌になり、普段にはけして口にしないような話をする。またある時は、何か考えに捕われたかのように黙りこむこともある。
そして今夜はこれだ。先程からあの調子で愚痴を延々と零していた。
己の不甲斐なさに、一人で打ちひしがれ、一人で落ちこんでいるらしい。
「なにを卑屈になってんだ」
コンプレックスを感じているのはこちらの方だと、及川は胸中で吐く。
ぐだぐだになっている龍太郎の横、ソファの上に腰かけて、うなだれた肩を見つめた。
いくら飲んでも酔えないザルの自分とは違い、この男はちゃんと酔うことができる。一般的な日本人と比べれば大量のアルコールが必要だとはいえ、酔えることが純粋に羨ましかった。
「すまん、純。……俺、さっきからあんたに愚痴ってばっかだ」
「ああ、そうだな。もう聴き飽きたよ。いいからとっとと寝ちまいな」
及川は下を向く頭に手を伸ばし、乱れた髪をぐしゃぐしゃと更に掻きまわす。唸りながらも抵抗しない龍太郎が、どうしようもなく愛しかった。
支離滅裂になれることへの羨望とは真逆に、素面でいられることへの安心感があるのも確かだ。
記憶をなくしたりはしない。龍太郎がひどく酔っ払って素の自分をさらしたとしても、こうして及川はただ見つめていることができる。たとえこれから眠ってしまっても、明日になって記憶を辿れば、何ひとつ忘れてなんかいないだろう。
裏を返して悪く言えば、忘れることができないということなのだが。
「ごめん、俺――」
微かに聴きとれるほどに小さく、弱い龍太郎の声が耳に届く。
それを最後にぷっつりと意識がなくなったのか、体勢を崩した龍太郎が及川の方に向かってぐらりと倒れ落ちた。
がつんと重い衝撃を伴って、両腿の上に、勢いよく意識を飛ばした頭がぶつかる。
「龍、お前……」
名前を呼んだところで、当然ながら返事はなかった。ずっしりと体重を乗せる頭を見下ろし、無駄に平和そうな寝顔を見せている龍太郎を覗きこむ。
だらしなく半開きの口からは、規則的な寝息が漏れていた。
なんとも無防備な表情をさらす彼に、腹が立つわけではない。その代わりに、胸の奥がちりりと痛んだ。不可思議な痛みである。
龍太郎はこんなにも自分に預けてくれているというのに、なぜ胸を締めつけられねばならないのか。
答えは分かっていて、でも自覚したくはなかった。彼との関係を躊躇っているのは、むしろ自分の方なのかもしれない。その事実から、目を背けたかった。
知らない振りをしたままでも構わないから、この繋がりを切ってしまいたくはない。
及川は酔えないのを承知で、グラスの中の酒を一気に飲み下した。痛む胸にアルコールが更なる火を灯し、ちりちりと、そこが苦さに燃えている。
苦しさを紛らわせたくて、酒くさい息を漏らす口唇に、及川はそっと口付けた。
龍太郎の瞼は下りたまま。身じろぎひとつしない。
けれど、それだけだ。及川には、それ以上のことは何ひとつできなかった。
触れた口唇の柔らかさに僅かに疼いた心。貪ってしまえば、いっそ楽になるだろうか。
今なら、酔い潰れた龍太郎は受け入れてくれるかもしれない。物事の判断力さえきっと希薄だろう。
情動は、及川のうちで膨れ上がる。
しかし、酔っていなくたって、彼は及川という愚かな人物を突き放したりはしないのだ。最後までは受け入れられないのだと、謝った龍太郎の顔が、今でも脳裏に焼きついている。
「お前は、どれだけ……」
心を乱していくのだろう。
嘲笑を浮かべて、新たな酒をグラスに注ぐ。輝く液体の光を浴びて、なぜか罪悪感が及川の身体を襲った。

きっと、楽にはならない。
及川が残酷な龍太郎の優しさを手放す日まで、愛しさとともに、この感情を抱いていかねばならないのだろう。
どこから間違ったのか、何から狂ってしまったのか。自分たちの立つ場所は、すっかり捻れてしまっているのだ。



  ***

  

  2008.9