■見上げた先の

  斎藤さんと練しか出てこないけど、龍練前提です。
  今回も捏造甚だしいので、いつか原作の続きが出たら、色々と消去しなければならないなと思っております(苦笑)

  
  ***


息をつぐ方法を忘れていた。
はっと、苦しさに喘いで目を覚まし、息をしていないという事実に、濃い恐怖感が身体を襲う。
喉から、ひゅっと漏れる奇怪な音が、体内で大きく響いた。
――息を、しなければ。
質のいいマットレスの上で、身体を丸めながら、練は意識を呼吸に集中させる。
吸って、吐いて、もう一度、途切れさせないように。
一定のリズムを刻むことに神経を傾け、息をすることを身体に思い出させるように、それを何度も繰り返す。
しかし、瞑った瞼の裏、真っ暗な視界には、鮮明な記憶がフラッシュバックして、練の正常な息を拒んだ。
じっとりと、肌から汗が吹き出す。
今も夢に見ていた、その光景。
もう何度、その夢を見たことだろうか。
手も足も動かせず、言葉すら発することができず、練は歩いていく男の背中を見つめ続けた。
何の言葉も残すことなく、男は練を守って、ただゆっくりと歩き出す。
けして、振り返らない。
練の銃を奪い、重い引き金を引き、あの刹那に龍太郎は堕ちたのだ。
呼び止めることすら、練にはできなかった。
脳裏に焼きつくその一瞬を、嬉しかったかと問われたならば、けして嬉しくはなかったと答えるだろう。
はじめから今まで、あんなに身勝手な男は龍太郎以外に見たことがない。彼が示す愛情は、いつも練の心を乱してばかりだ。
いつか彼も、誠一のように消えてしまうのだろうか。
いつか彼は、自分を守って死んでしまうのではないか。
勝手な男だ。――龍太郎以上にひどい男など、この世に存在しないと思えるほどに。
練は、いつしか荒い息をつきながら、その閉じられた瞼から涙を流していた。
眼下に浮かぶ、龍太郎の顔。
どれだけ焦がれても、あと半年はその顔を見ることが叶わない。酒も薬も、いつまで練の意識を繋ぎとめてくれるのか。もうあまり、効き目はないように思えた。

自分の存在が龍太郎を堕とす。
愛しているからこそ、狂ってしまいそうだ。

「今から、来い」
手探りで携帯電話を手にすると、乱れたままの息で、切れ切れに告げた。
「すぐだ。……今すぐじゃなきゃ、死んじまう……――」
電話ごしにも分かる、斎藤の慌てた様子。その動揺を現すように、通話は向こうから一方的に切れる。
練は、切れた後の電子音をしばらく聞きながら、斎藤の忠誠さ加減に笑いたくなった。
時刻が真夜中を指していたとしても、彼がこの夜に何をしていたとしても、そんなことは関係ない。斎藤は取るものもとりあえず、練の元に駆けつけてくれることだろう。
斎藤は馬鹿がつくほどに、律儀な男だ。今は、その存在に救われる。
練は電話を手離すと、ナイトテーブルの上に置かれたバーボンのボトルに、そのまま口をつけた。渇ききった喉を、強いアルコールがひりつくような感覚を伴って流れ落ちていく。
酒では気つけにもなりはしないけれど、渇いた体内を少しは満たしてくれるかもしれない。息苦しさに顔を歪める練は、ボトルを握りしめたまま、胸を焼くアルコールの熱さを必死に追った。
「は……っ、く……」
気を抜くとすぐにでも止まる、弱い呼吸。
息を吐いたから、次は空気を吸うのだと、言い聞かせなければ分からなくなるのだ。神経はすっかり、呼吸の仕方を忘れているようだった。



「早いな」
「大丈夫ですか、息が……」
「そのうち、治まる。……気が紛れれば、多分」
練は腕を伸ばす。
斎藤は拒まない。落ちる練を、彼はいつでもこうして救い上げてくれる。
優しい斎藤、愚かな斎藤、そしてそれに救われる自分。
それでも、求める影がここにはない。
「飲みすぎです、若」
「まだ、足りねえよ……こんなんじゃ」
力の入らない身体を抱き起こす斎藤は、あまりの酒臭さに顔を歪めていた。
練はそんな彼を笑ってやろうと思ったが、奇妙に曲がった口唇を乗せることが精一杯で、なんとも情けない表情になっただけだ。
つんと、鼻の奥が痛む。練は口唇を噛んだ。
「戻ってきますよ、あの人は」
「ああ」
「若のために、撃ったんです」
「ああ」
言われなくても分かっていた。
しかし、分かっているからこそ、泣きたくなった。
「……お前は、拒んだりしないだろう?」
拒んだりはしないと知った上で、練は斎藤の口唇に口付ける。舌先を出して男の口唇を割れば、抵抗されることなく、舌は熱い口内に包まれていった。
はたして滑稽なのは斎藤なのか、自分なのか。夢中に貪るキスの激しさに、息が乱れている事実は隠されていく。
龍太郎は今、暗く狭い牢獄の中で、きっと気が狂う思いで夜を越えているのだろう。
彼は自らの意思で堕ちた。
彼はとうとう、選んだ道に踏みこみ、果てない闇の入り口へと落ちた。
しかし、きっと刑期を終えて外へ出てきたって、龍太郎は龍太郎なのだ。
練ほど堕ちきった人間には不釣合いなほどに、彼の愛は変わることなく高潔なものなのだろう。
「それでも、愛してるんだ――」
快楽の淵へと沈む中、呟いた言葉は切なく夜に響く。
「あいつがいなくちゃ、息ができない」


息をしたかった。
もうずっと、楽に呼吸ができないままで、死んでしまいそうだ。
練は喘ぐように酸素を求め、ひどくぎこちなく息を吸いこむ。
吸いこんだら吸いこんだで、今度は胸がぎゅっと痛んで、無意識に呼吸をとめていた。
それに気付く斎藤に口移しで空気を送られ、その苦しさに涙が流れる。
――息が、したい。
龍太郎に会いたくて、気が狂いそうだった。



  ***

  龍太郎が捕まってからの練の心境はいかがなものか……と書いたSS。
  きっと、たくさん苦しんだんだろうなぁ……(涙)
  2008.9