■こぜりあい

  お鍋で妄想!
  頭悪い感じに仕上がりました!

  
  ***


「お前、ちょっとこれ、辛いんじゃないか」
「そう? 全然辛くないじゃん」
練と龍太郎が囲む大きな鍋には、野菜と肉が、赤いスープの中で美味しそうに煮えている。
練の提案によって、今夜のメニューはキムチチゲに決まった。食欲をそそる香りに、勢い勇んで箸をつけた龍太郎だが、どうやら彼の口には少々刺激が強かったらしい。
その一方で、調理した本人である練としては、まだまだ味に納得がいかない様子だ。
「何だ、それ」
「これ? 粉唐辛子。もう少し辛い方が絶対おいしいって」
「やめろよ……っ、俺が食えなくなる」
鍋に向かって小さな瓶を傾けた練の腕を、龍太郎が慌てて制止する。
ふわりと、ほんの少しだけ落ちた赤い粉は、ぐつぐつと煮える鍋の中に、あっという間に溶けて消えた。
ほっと、息を吐く龍太郎とは対称に、練は手を止められたことに対して、口唇を尖らせる。
「弱い舌だね、あんた」
「俺はごく一般的な味覚の持ち主だ」
練はちぇっと、小さく舌打ちすると、自分の取り皿に盛られた分にだけ粉唐辛子をふりかけた。
「お前は、胃を悪くすることばっかりしてるな」
「そう? 好きなもんを好きなように食ってるだけなのに」
「いつか胃に穴が開くぞ」
「いいよ、別に。我慢するよりずっといい」
取り皿の野菜が更に赤く染まると、龍太郎は目に見えて嫌な顔をする。信じられないとでも、言いたいようだ。
練にはそれがおかしくて、笑い声を上げてから、あつあつの具材を口の中へと頬張った。
「うん、うまい」
口の中に広がる、旨みと辛さ、そして白菜の甘み。絶妙なそのバランスに、練の表情が一瞬で緩む。
「最近はまってるんだよね、チゲ」
「この前、はじめて韓国料理屋に連れてってもらったんだが、ちょっと感動したよ」
「チゲに?」
「そう、チゲに」
龍太郎の言いように、練は再び笑いを零す。
美味しいものを食べている時は、誰だって幸せだ。そしてそれ以上に、愛しい人と食卓を囲む、ごく平凡な日常が、練にとっては何よりも嬉しかった。
鍋、と総称される料理は、シンプルな水炊きにしろ、すき焼きにしろ、特別な感慨が沸くのだ。
支度も簡単な料理だというのに、一人ではなかなか手が出せないからだろうか。誰かがいてこそ、龍太郎がいるからこそ、の今夜のメニューである。

二人は会話もそこそこに、汗をにじませながら鍋をつつく。
じっくりと煮込まれてとろける野菜や肉は、あっという間に二人の腹のうちへと収まっていった。



「飯だろ?」
「うどんでしょ?」
おおよそ、いい大人がする揉め事ではないのだが、鍋の中の具材もあらかたなくなった頃に勃発した対立は、二人の箸の動きを完全に止めていた。
「シメは雑炊って、決まってるんだ」
「誰が決めたのさ。俺はうどん派だもん。それに、もう買ってきちゃってるし、使わないとしょうがないでしょ」
「うどんなんて冷凍しとけば、いつでも食えるだろ。冷や飯が残ってるんだから、そっちから使った方がいい」
「チゲの後のうどんは、そうそう食えないの」
互いの意見は真っ二つで、とても結論は出そうにない。
熱くなった身体で、嗜好の違いから起こった二者択一は、ますますエスカレートしていくようだ。
他人から見れば、いかにも下らないことに思えるだろうが、練と龍太郎にとっては、両者ともに譲れない主張だった。
にしても、低級極まれり、である。
どちらが譲ればそこでおしまい。相手が龍太郎でなければ、相手が練でなければ、絶対に言い争いになったりはしないだろう。どうにも、二人きりになると、まるで子供のような言動を止められない。
次第にその事実に気付く二人は、言葉を止めて、冷えたビールをぐっと喉に流しこんだ。
ほてる身体と、ひりつく舌に、冷たいビールがなんとも気持ちいい。
そうしてひと呼吸置く練は、ほどよく脂身を残し、だしをいっぱいに含んだ豚肉を噛みしめ、旨みを充分に味わってから嚥下する。
同じように、龍太郎もとろとろに煮えた白菜と葱を口の中に入れて、その旨みを味わった。
少しずつ、冷静さを取り戻す二人だ。
「じゃあ、半分にしよう」
野菜を喉奥へと飲みこむと、気まずそうな調子で龍太郎が言う。
「半分?」
「使ううどんの量を、半分だ。よく煮こんだらお前がそれを食べて、また残っただしで雑炊にしたらいいだろ」
それは妥協案とでも言うのだろうか。しかし、はじめからそう提案できていたなら、つまらない対立は起きてはいなかったはずだ。
自分たちの言動の幼稚さに、ここへきて二人は苦笑混じりである。
「いいよ、それで。どっちも食べれるしね」
「よし、そうしよう」
龍太郎は立ち上がると、ここからは任せろと言わんばかりに、キッチンからうどんをひとパックだけ持ってきて、鍋の中に豪快に投入した。
再び点火されたガスの上、旨味たっぷりのスープの中で白い麺が、だしを吸って温まっていく。
途端手持ちぶさたとなる練は、鍋のうどんを菜箸でかきまぜる龍太郎の姿を眺めた。まさしく男料理、作る姿がこんなにも絵になるとは、練も見ていて楽しくなるほどだ。
「ほら、食えよ」
深い椀によそわれたうどんを、練は受け取る。すかさず粉唐辛子の瓶を渡されて、その気遣いには思わず吹き出してしまった。
「ありがと」
「なに笑ってるんだ。いるだろ?」
「もちろん、いるよ」
「よし、あとは雑炊だな」
「うん」
「お前も食ってみろよ、絶対うまいから」
「もちろん食べるよ。別に、嫌いなわけじゃないもの」


唐辛子をかけるなと厳命されて口をつけた雑炊は、ほっと息が漏れるほどに優しい味だった。
とき卵がふんわりと雑炊を包み、驚くほどに味はまろやかにまとまっている。
うまいだろ、と、なぜか得意げな龍太郎に対し、練は心が軽くなるようだった。
身体も心も満たされる夜。
たかが夕飯ひとつ、されど、これもまた貴重な二人の時間だ。



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  お鍋を囲む幸せな日常……。
  とんだ妄想ばかりですいません……
  この時代、まだ韓国ブームは来てないですよね。考えてみれば……!
  2008.9