■爪痕

  はまったカップリングで、絶対に書くネタがこれ(笑)
  背中の爪痕は、どうも沖田的に萌えどころなんですね。テヘ。
  
  ***

「い……っ」
擦れたシーツに、背中に走ったぴりっとした痛み。麻生は眉をひそめて、ベッドに預けた背を起こした。
「お前、やりすぎだ」
「そう? あんまり気持ちよかったから、記憶ぶっ飛んでるんだよね」
起き上がった麻生は、姿見に背中を映して溜息をつく。
首を捻って、無理な体勢で覗きこんだそこには、練がつけた爪痕がくっきりと残っていた。両の肩甲骨に三本ずつ。赤く、腫れ上がっている。
「男の勲章でしょ、かっこいいよ龍太郎」
ベッドの上で俯せのまま頬杖をついて、こちらをにやにやと見やる練。
「嬉しくない」
思わず正論が口をついた。
「なんで? あんたのテクが凄かったってことじゃん」
――言い訳にはならないだろう?
龍太郎は痛む背中に沈みながらも、文句は言葉にならない。
シャツを羽織れば擦れて痛むだろうし、しかも今日の仕事は、真夏の東京で対象者の張りこみときた。だらだら汗をかけば、随分とこの傷に沁みることだろう。
ぐっと、今日の任務が憂鬱になる。
「傷薬、塗ってやろうか?」
「いらん」
「遠慮しなくていいよ。薬どこ?」
練は明らかに楽しんでいるようだ。何がそんなに嬉しいのか、疼痛を抱える麻生はその姿に力抜けしていった。
――それにしても。
目を覚ますまでもその傷は背中についていたというのに、痛みを感じはじめたのがつい先程だなんて、笑える話だ。
夢中になっていたのは麻生も同じ。練だけではない。
むしろ、背に爪をたてる練に溺れていたのは自分の方かもしれないと思う。
貪るように練を抱き、激しく腰を打ち付け、我を忘れるような強さに、練の手は身体に傷をつけた。
そしてその傷にすら気付かないまま、眠ってしまったのだ。
そう思えば、麻生は不意にどうしようもない気恥ずかしさに襲われる。
「ないの? 薬」
「いいよ、これくらい。すぐに治る」
つっけんどんに返すと、練の口が歪むのが、鏡越しに見てとれた。
練は、麻生が箍を外していたことを、分かっているんだろう。だからこそ、立派なまでの爪痕をつけたのかもしれない。
『記憶がぶっ飛んでいた』と言った練の真意を辿れば、その言葉が指し示していたのは麻生というわけだ。
「もしかして薬がないんだ?」
「それくらいあるさ。ただ、どうぜ今日はマルタイの尾行だからな。塗ったところで汗で流れるだけだろう」
「ふーん……」
正直、一枚上手を行く練とは話していたくない気分だった。次第にはっきりしてくる記憶は、昨晩の無我夢中になっていた自分を思い出させる。大量にアルコールが入っていたわけでもなく、快楽に酔っていただけで、当然、記憶ははっきりとあるのだ。
冷静になって、すぎた情事のあれこれを思い出すのは、やはり恥ずかしい。羽目を外したからには尚更だ。
とはいえ、もちろん、すんなり開放してくれるような練ではないことも分かっていた。
「じゃあさ」
「おい、練……っ」
身軽くベッドから起き上がる練は、麻生の後ろに立つと、背中に手を這わせる。瞬間、ぞくっとした感覚が腰から拡がった。昨夜の名残だろうか。
「舐めとくと早く治るって言うよね」
「ちょっと、やめないか練……っ」
「やだ」
短く応えた練は、龍太郎の制止も聞くことなく、麻生の腹に両腕を回す。ぐっと強い力で引き寄せられ、こうなると逃げることも簡単には叶わなくなった。何しろ麻生よりも力のある練だ。
「離せって、おい」
柔らかな髪が背に触れる。息が肌を撫でる。
温かな熱を感じた直後、爪痕に、痛みが走った。
「――つ……っ」
ざらりとした舌に、捕らわれる傷跡。
一本一本を、丁寧に舐め上げられ、時に肌に吸いつくように、傷の全体を口唇が覆う。
ちゅく、と練の口から漏れる音に、その行為の淫靡さが増していくようだ。
「練……」
「ん……、…ん」
傷口を消毒する、だなんて、とても言えやしない。それはまさに、その名を借りただけの、まぎれもない愛撫だ。
痛みの奥に、輪郭のぼやけた感覚が生まれる。
麻生は上がりそうになる息を、故意に喉奥へと押しこめた。その気になるわけにはいかないのに、それを喜ぶ身体は正直だ。
「消えないならいいのにね」
背中越しに伝わる、練の体温。
甘い旋律は、練の言葉によって不意に終わりを迎えた。
離れた舌は静かに言葉を紡ぎ、代わりに練の身体全体が、傷口残る背中に縋りついてくる。
「そしたらさ、別の女抱く時だって、罪悪感くらい持ってくれるでしょ」
「……お前だけだよ」
「嘘、……言わなくてもいい」
苦く、練の声が届いた。
確かに、練の身体だけしか知らない、とは言えない麻生だ。どうしようもない夜だってある。金を出して玄人の女を買うことだってある。
しかし、それを言われるならば、こちらにも言い分があるのだと、麻生の中にはどろりとした思いが沸いた。
――お前なら、どうなんだ?
問いかけは心のうちだけにあり、答えを訊くことが怖い麻生は、それを言葉にすることはできない。
例えば練の肌に情事の跡を残したとして、練は一体何を思って他の人間を相手にするのだろう。
確実に、練の身体は麻生以外の男に、女に暴かれているのだ。
その事実を知っていてもなお、練に問いただす勇気などは持ちあわせてはいない不甲斐なさ。
麻生は練のもので、他の人間になびくことは許されない。それが練の持論なわけだが、理不尽じゃないか、と麻生にも不満はある。
それもまた、言葉にはならず、麻生の胸にもやをかけていくことしかなかったが。

「痛い?」
「大丈夫だよ。お前がくれた痛みだからな」
「なに、似合わないこと言っちゃって」
言葉にできないことばかりが増える。
離れたくないからこそ臆病になる心は、実質の距離を開かせるようで、甘いはずの朝に、麻生の想いは切なくあった。
「離れたくなくなるじゃん」
「残念だが、そろそろ時間なんだ」
こんな傷ひとつで練を繋ぎとめておけるなら安いものだ。
痛む背中に麻生は思った。



  ***

  当初は、すごい甘い話になりそうだなぁ……と、うんざりしていたのですが、
  気付いたら、「消えないなら…」という練のセリフあたりから、雲行きがあやしくなってきてですね…
  それはそれで、げんなり(笑)  2008.8