■利される男

  練が斎藤さんを利用しているというわけではなく、
  それを望んでる斎藤さんというか……(病)
  ハナちゃん読んでて、たまらなくなって書いた話です!
  
  ***

「社長、なんてとこで寝てるんです」
「斎藤」
「帰りましょう、お車の用意はできてます」
バーの店先に座りこむ練は、珍しく酒に酔っているのか、気持ちよさげに扉に背中を預けていた。上等なスーツが汚れることも気に留めず、地面に悠然と長い脚を投げ出している。
顔を上げた練は、とろんとした目を斎藤に向けて、にやりと笑って見せた。
「若」
「うるせえな、聞こえてる。迎えはいらねえっつっただろ」
「こんなところで、そんな無防備でいられては困ります」
「小言言うために来たのかよ。まだ帰らねえよ、酒飲んだら、身体が疼いてきたんでな」
練は下唇をねっとりとひと舐めして、上目遣いに斎藤を見上げた。
その妖艶さは、人を一瞬にして捕らえる魔力がある。何しろ、斎藤も例外ではなかった一人なのだ。
冷静を装った顔の下で、ざわつく胸を持て余したことは言う間でもないだろう。
「誰か、引っかけて来るから、お前は帰れ」
「許可、出来兼ねます」
「てめえの許可なんざいらねえよ」
途端、視線が鋭く斎藤を刺した。こんな時の練は、まるで別人のようにがらりと纏うオーラを変える。ぞっとするほどに、人格が換わるのだ。
練は立ち上がって、斎藤の目を覗きこむ。
「そうだろ? 斎藤」
落ちた前髪を掻き上げれば、整った顔が裏路地の街頭に照らされ露になった。ただし、冷酷な表情が浮かぶそれに見据えられては、こちらは怯むことしかできない。端麗な顔だからこそ、その凄みときたら相当なものだ。
ごくりと唾を飲みこみ、斎藤は立ち尽くす。
「それとも、今日はお前が相手してくれんの?」
練の腕が伸び、頬へと手の平が触れた。柔らかく指先がそこを撫で、耳の裏を、首筋を、ゆっくりとなぞっていく。斎藤はぞくぞくと、腰から首筋にかけて駆け上がる感覚に身を固めた。
指は再び頬に戻ると、そこに残る傷口を捕らえる。
練がつけた、おびただしい傷の中のひとつだ。あれは、口を閉ざした斎藤への、罰と言う名の制裁だった。切り裂かれた皮膚は、まだ時々疼いては存在を主張する。
「ねえ、まだ痛い? 痕、残るかな」
撫でられた頬から生まれるのは、痺れに似た甘い痛みだった。
耐え難い誘惑だ。練を前にしては、拒み切ることができないほどに。
「若――」
ごく軽く、しかしコケティッシュな音を立てて、練の口唇が斎藤の口元を掠めた。
一瞬で離れてしまったことが悔やまれるくらいに、柔らかな口唇の感触が、じわじわと身体を犯していく。
「帰ろうか、斎藤」
艶然と、練の笑みが街を覆う夜に浮かんだ。
逆らえようはずもない、完璧な美が目の前にある。
「寝かさねえから、な」
「――はい」
すっかり昼とはモードが切り替わっている練は、斎藤の手を掴み歩き出した。鼻歌混じりに先を行く姿は、まるで子供のように、足取りが軽い。
しっかりと掴まれた腕を振り払えるはずもなく、斎藤は後に続くだけだ。
眠れない夜に、更なる酒を喰らうよりは、快楽に溺れた方が余程ましだと思う。
どこの馬の骨とも知れない男を漁るよりは、自分を選んでくれた方がましだと思う。

たとえ、我を忘れて嬌声と共に呼ぶ名前が、別の男のそれだとしても、気にしてはならないのだと斎藤は自分に言い聞かせていた。

――『龍太郎……――っ!』
多分、今夜も練は、手の届かない男の姿を追い求める。
それでもいい。
意識を手放した夢の底で、練が、その愛しい男と出会えるならば、利用されるだけでも構わないのだから。



  ***

  自ら堕ちた男、斎藤。
  でも彼は、幸せなんじゃないかなぁ…と思うので、これはこれでアリかな?(なにが)
  2008.7