■大泣き

  @ふわふわな髪の練。←書いてるつもり。
  A淫乱天使な練。←書いてるつもり。
  B泣き虫な練。←まだあんま書いてない!!
  と、いうことで、出来た作品です(大笑) ちょっと、やりすぎた…!!
  

  ***

「ほんと、あんたって最低だ」
泥酔していると、気付いたのはいつだったか。
麻生は必要以上に絡んでくる練に、溜め息をついた。
「わかったから、もう酒はやめとけ」
「あんただけやめればいいだろ、俺はまだ飲む」
普段と比べ、別段変わった様子はないように見える練だが、麻生が見るに、今夜の練は相当に酔っている。行動では分からなくとも、発する言葉からそれが分かった。
何度も同じことを繰り返し、とにかくしつこいのである。
いなしていても、聞く気は全くないようだ。
別に、誰に迷惑をかけるわけでもない、ここは麻生の事務所なのだから、無理に酒を奪うこともためらわれて、麻生は練の言うなり、酒を注ぎ足してやった。
にしても、このペースでは、ストックしてある酒が底をつくのも時間の問題だろう。
「なあ、練。酒なくなっちまうぞ」
「買って来てよ」
「いやだよ、そろそろ本当にやめた方がいい。ぶっ倒れてもしらないからな」
「こんくらいじゃ、ぶっ倒れたりしない」
何を言ったところで無駄だとは分かりつつ、それでも酒の大量消費には麻生をもってしても呆れるほかはなかった。
アル中同士、仲良く酒を煽るのはいつものことだが、くらう酒の量ときたら、練とは比べ物にはならない。
「酒くらいいいじゃん、それくらい用意してよ。あんたって冷たい、冷たすぎなんじゃないの」
「それとこれとは話が別だろう。俺はお前の身体を心配して、もうやめとけって言ってるんだ」
「いいよ、そんな中途半端なことで心配してくれなくたって」
ふいっと、顔を背ける練が、拗ねたように言う。
麻生は肩を上下させて、そっぽを向いた練を眺めた。
彼が酔っていると知る今、何を言っても仕方がないとは思うけれど、かといって放っておくことも出来ない。
「拗ねるな、子供かお前は」
「どうせガキっぽいよ、悪かったね。俺がガキなら、あんたはずるい大人だ。そっちのが最低だよ」
アルコールの力を借りているからか、平生なら抑えているだろう悪態が、練の口から淀みなく流れ出す。あながち、練の言っていることが間違っていないからこそ、麻生の胸は痛まないこともなかった。
狡い男だという自覚なら、麻生にもある。
「練」
横を向く練の姿が悲しくて、麻生は腕を伸ばしてその身体を抱き寄せた。
「こっち向けって、練。機嫌直せよ、な」
「知らねえ、あんたなんか」
「……たく、面倒くさい奴だな、お前は」
可哀相でいて若干、練の拗ね方を見て微笑ましい気分になっている麻生は、その顔を覗きこんで笑った。
しかし、練の方はといえば眉を寄せ、口唇の裏側をぎゅっと噛んでいる。
まるで対照的な表情だ。
「おい、練……?」
練の顔が、くしゃっと歪む。
やばいと、麻生が思った時には、形のいい目から、大粒の涙が零れていた。
「……っ、……」
「練、」
涙ははらはらと瞳から落ち、練の服を濡らしていく。そのうちに、喉からは堪え切れないらしい鳴咽が漏れ始めた。
練は泣き虫だと、麻生は認識している。悲しくても、怒っていても、嬉しくても、感じても、練はすぐに泣く。
しかし、これほどあからさまにぼろぼろと泣いている姿は、思い出すに久し振りだ。
肩を震わす練を思わず胸のうちに抱き寄せれば、更にしゃくり上げる練は麻生の背中へ手を回し、白いシャツをぎゅっと掴む。
「あんたは……、ひとりでも、平気……だから」
切れ切れの声。
次第に、練から流れ出す涙で、麻生のシャツが濡れていった。ひんやりと濡れた染みをつけ、胸から冷たさが広がる。
「だから……いつか、俺を…、捨てる……」
「捨てたりしない。そんなこと、出来ないよ」
「うそ、だ……っ、ふえ…ぇ……っ」
言い終わるやいなや、せきを切ったように、練からは高く、泣き声が上がった。
まるで、幼児だ。自分と十歳も変わらない、いい大人がする泣き方じゃない。
麻生は、しゃくり上げ、そのたびに忙しく震える身体をぎゅっと抱きしめた。
しかし、声を抑えるように、苦しく泣く姿よりは余程好ましいと思う。見ていてこっちまでが苦くなる、見てはいられなくなる、そんな泣き方よりはずっといい。
「練……」
麻生は顔を埋める練の背中を、手の平で撫で、優しくあやすように叩いた。乱れた呼吸を正常に戻すように、心音に合わせてゆっくりとリズムを刻む。
やはり、泥酔しているせいだろう。
きっと、大泣きしたことなど、明日の朝になれば覚えていないに違いない。
子供のような泣き声を上げ、ひどい男だと麻生を罵りながら、麻生の身体に縋り付く。そんな姿がたまらなく愛らしく、それでいて、酔った練が言っていることは本心だという、苦さもあった。
「……お前だけだよ」
本当の想いは、いつもそれだけなのに、どうして複雑に考えてしまうのだろうか。
麻生は練の両肩に手を置きゆっくりと身体を離すと、涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔を真正面から捉えた。
少しだけ、落ち着いた練の目尻に指先を伸ばし、いまだ溢れ続ける涙を拭う。
うっとりと目を閉じる練の眦から、また一筋、涙が頬へ伝った。
「……練」
閉じた目のまま練は顔を上げ、涙を拭った麻生の指へ口唇を当てる。自分の涙を舐めとり、その後で親指に吸いついた。
練の濡れた咥内に捕らわれて、麻生の眼下では、既に遠くなった日の出来事が蘇る。
再会したあの日、韮崎が死んだ、あの朝のことだ。馬鹿みたいに強い酒を飲み、ひきつけを起こした練は、麻生の親指を赤ん坊のように吸った。――そう、あの日も、練は泣いていたっけ。
笑っている顔より、泣いている顔を鮮明に憶えている自分が、少し情けない。出逢った最悪な夏の日から、麻生は練を泣かせてばかりいるようだ。
静まり返る部屋に、ちゅくちゅくと、指に吸い付く粘膜の音だけが満ちる。
「ん……っ」
麻生は親指を熱く濡れた口内から抜き取ると、再び練の身体を抱き寄せ、その口唇に口付けを落とした。
「ふ…、ん…ぅ……」
すぐに練は応じる。
官能に直接結びつくというよりは、何か、安心を得たいと必死になっているようなキス。涙の味がする、塩っからいキスだ。
重なる口唇に、練は夢中になって舌を絡めては麻生の口を吸う。
時折、まだすすり泣く様子を見せる練の肩は震え、口付けは不自然に止まった。
麻生は練の髪を撫でる。しかし、その度に、練の嗚咽はひどくなるようで麻生からは苦笑が零れた。
口唇を離しても、練の胸は上下に跳ねている。うっすらと開いた目は涙に潤み、うさぎのように真っ赤だ。


「逃げるなよ、龍太郎」
抱きしめた腕の中、どきりとするほど、明瞭な練の声が聴こえた。
「あんたは、俺のもんなんだから」
そう言ったきり、練の身体から力が抜ける。いくらも経たず、安らかな寝息が麻生の耳に届いた。
さんざん飲んで、さんざん喚いて、泣いて、キスを求めて。それでも、いいご身分だなと、練の行動を笑って済ませることは出来ない麻生だ。
「そうだな……。俺はお前のもんだ――」
柔らかな髪に鼻をうずめ、濃くなった体臭を吸い込んで、その髪にキスをした。
互いの想いに、互いが捕らわれて、その重さに身動きを失う。無器用にしか愛し合えない自分達を、酒のまわった頭で麻生は、笑い飛ばしてやりたくなった。



  ***

  2008.8