■埋まらない想い

  『所轄刑事麻生〜』を読んで、堪らなくなって書いた話。
  若い頃の二人です。
     

  ***

「龍」
「…及川?――」
口唇が重なる。
久しくなかった、彼との、彼からの口付けだ。
閉じる暇もなかった瞳に、及川の端正な顔が間近に映る。長い睫毛、切れ長の瞳。綺麗な男だと、今更ながらに思った。出会いから七年、この人は俺が惚れた男だ。
「…ふ…、…んっ…」
「ん…っ…」
触れ合った刹那、脳は何かを求めるようにと信号を出したのだろうか。
気付けば俺達は、互いに互いの口唇を貪っていた。
深く口付け、舌を絡ませ合い、離してはまた吸い付く。それに合わせて、絡む唾液がいやらしい音を響かせる。
及川の腕は俺の背中を抱き、俺もまた、及川の腰の辺りに強く抱き付いていた。
――気持ちがいい。
それは錯覚などではなかった。
好意を向けられない相手ならば、どうしたってそんな感覚にはならないはずだ。
俺は及川が好きだった。その事実は間違いなんかじゃない。
「…っ……ん…」
高ぶる感情に支配されたように、夢中で及川を求める。久し振りの口付けは、記憶の中のものと比較しても、ひどく激しいものだった。
「ん…、…ぅ…んっ」
実際の時間は分からない。随分と長い時間、そうしていた気がする。
しかし、幕切れは不意に訪れた。
「……龍……」
及川が小さく呼んだ名前に、熱い口付けは終わりを告げる。俺を呼んだその声は、酒のせいか、ひどく甘い。
唾液の糸を残して、口唇が離れて行くのを、俺はぼんやりした頭で見ていた。
――先輩…?
一瞬歪んだように見えた、及川の表情。咄嗟に俺は名前を呼ぼうとしたのに、それは、話し始めた及川の声に遮られてしまう。
「俺は明日も早いからな、もう寝る。お前もあんまり飲み過ぎるなよ、せっかくの非番がまた頭痛で終わっちまうぜ」
逃げるように、及川は回した腕を解くと、俺を弱く押して引き離した。余韻に浸る隙もなく、あっという間に及川の背は寝室へと消えて行ってしまった。

――さっきのキスは、何だったんだ。
過ぎたそれはまさに、幻のように儚い。
確かに背中を抱いてくれた熱は、今は遠く扉の向こうに失われた。
「……なんだよ、いきなり」
小さく文句を吐き出した瞬間、胸に溢れたのは無量の寂寥感だ。
しっかりと掴んだ腰を、離してしまったことへの未練が、一気に俺の身体を襲う。
この気持ちは一体何なのか? 濡れた口唇に指を当て、俺は俺自身に自問してみる。
あの去り行く背中を、追い掛けて抱きしめたいと、思ったのではないか?
そう問い掛けて、俺は否定する。
抱き付いて、どうしたかったのと言うのだ。
――俺は、ホモじゃない。
いくら先輩が好きでも、俺はゲイではないのだ。
キスで感じるからって、先輩に抱かれて感じることは出来ない。扱かれて勃って気持ちよくなったからって、後ろに突っ込まれて達くことは不可能なのだ。先輩の欲求に、俺は応えてやることが叶わない。
――元より限界なのかもしれない、俺達の関係は。
心中、そう呟いて、俺はソファに沈み込む。
終わりは見えている。それでも、あの背中に縋り付きたいという、この衝動の説明が付かなかった。
どれだけ悩んでも、答えが、出ない。


「くそ…っ」
グラスの中のスコッチを、一気に呷って飲み干す。ひりつく喉が、かっと熱くなって咳込みたくなったが、俺は無理矢理にその咳を押し込めてしまった。顔が歪むのが、自分でも分かった。その歪んだ顔を思う浮かべて、俺は自嘲に笑う。
あの綺麗な背中を引き止めたなら、何かが変わったのだろうか。それとも、また先輩を苦しませただけだろうか。
問いかけたところで、返答は落ちてはこなかった。

転がったスコッチのボトルが憐れに見える。こんな自棄の気持ちを抱えた人間に、やけくそ呑まれたいわけではないだろう。
何しろ、深酒なんかでは、乗り越えれやしないのだ。誤魔化しても、事態は進むどころか、悪化する一方なのだから。
アルコールが回った頭を抱え、俺はまたしても泣きたくなっていた。
答えがでないことが苦しい。
そして、こんなにも苦しいのに、泣けないことがつらかった。




  ***

  及川純という人を、まだいまいち掴みきれないもどかしさ…(笑)
  2008.8