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■夜明け前
ネタ曲から妄想しました!
日常生活は、妄想の宝庫ですよね!(黙れぃ)
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深夜の首都高を、フェアレディが飛ばす。
「Hide in your shell cos the world is out to bleed you for a ride――」
龍太郎から、少し話さないかと誘われて乗り込んだ助手席だが、会話らしい会話は先程からほとんどなかった。
カーナンバーに耳を傾け、練は小さく歌い続ける。
口を開いた龍太郎が何を言うのか、何となく予想はついていた。
だからこそ、口ずさむ歌で重苦しい空気を誤魔化して、隣でタイミングを図っているのだろう言葉を封じ込める。
逃げ場もないこの狭い車内の中で、その言葉は聴きたくなかった。
この曲だけが防波堤だ。
何でもないような表情で、お気に入りの曲を歌い、決して龍太郎の横顔は見ない。
こちらを見つめる視線に気付いても、練は窓の外を見続けた。整然としているようで、その実、乱立し、立ち並ぶビル群。真っ黒な夜に咲く、鮮やかな白、赤、黄、様々な明かり。
煌々と浮かび上がるそれらの光を、練はただ眺める。
夜は暗く、静かだ。見られたくはない表情を隠し、決して無理に暴こうとはしない。
ある意味で優しく、ある意味で残酷な時間に、行き場を失う互いの想い。
互いに本音も言えず、妙に臆病になる心で、世界を覆う夜に身を委ねる。
「腹、減らないか」
流れる旋律の向こうで、龍太郎が言った。
「……別に」
大好きな龍太郎の声が、今の練には痛い。切り捨てるような返答で、その痛みに対抗したけれど、じくじくと疼く胸は治まらなかった。
「そっか。次、パーキングエリア寄っていいか? 俺は小腹が空いた」
「いいよ」
何と言うことはない、ごく普通の会話だ。
なのに、龍太郎はこちらを伺い、練はその一言一言にびくついたような怯えた言葉を返す。
二人の態度はあからさまに不自然だった。
フェアレディに充満する重い空気に、息をつくことすら苦しいなんて、なんて湿っぽいデートなんだろう。
短いやりとりを最後に、再び車内の中はBGMだけが全ての空間になった。
沈黙が耐えられなくて、練はまた歌を口に乗せる。
こんな重苦しいものになるくらいなら、いっそ誘いを無視すればよかったと、心のうちで呟きながら――いつか告げられるであろう、一方的な別れの言葉を、練も分かっていたはずなのに。
陽が昇ってしまったなら、苦しげな顔をしている自分たちが、明るい光に照らされてしまうだろう。
夜明けなんか来なければいいと、心地いいシートに背中を預けて練は願った。
朝は否応なしに、龍太郎と練を、夜に生きる人間を、世界から切り離してしまうのだ。
「寄るんじゃないの?」
PAと書かれた緑色の看板を通り過ぎた車に、練は龍太郎へ問い掛ける。
「いいんだ」
つっけんどんな応えに、練は内心むっとする。
「何だ、喉渇いてたのに」
「……すまん」
「いいよ」
「次はちゃんと止まるから」
「……ん」
下らないことで言い争いにしたくないのは、龍太郎も練も同じようだった。激情に任せるままになったらそれこそ最後だ。
二度と、龍太郎は帰って来ないかもしれない。
いや、このまま朝が来たところで、龍太郎は練の元を離れていく気でいるのだろう。
このドライブは、最後になる彼からの贈り物。
別に、練は欲しいだなんて、一言も言った覚えはない。自己完結しようとする、龍太郎の悪癖の結果というわけだ。
もちろん身勝手極まりない想いなど、聞き入れてやるつもりはなかった。――なかったけれど、酒も切れたこんな日は、弱くなる心を自制する自信がない。
車はパーキングエリアに停まった。
「ほら」
運転席へ戻って来た龍太郎から、手渡された缶コーヒーは冷たい。
別に指定はしなかったわけだが、酒ではないその飲み物に、練は眉をひそめた。
「なんだよその顔。たまには酒抜きしろ」
同じ銘柄のプルタブを開ける龍太郎が、ぐっとコーヒーを喉に流す。しかし、帰って来た彼が手にしていたのはコーヒーだけで、他には何もなかった。
「あんた、腹減ったんじゃなかったの?」
「ああ、……大丈夫だ」
「ふーん?」
「……口実だっただけだから」
苦い龍太郎の声を、練は聴いていたくないと思った。口にしたコーヒーの苦味に、眉に寄せたしわが深くなる。
龍太郎は、胸のうちにある想いを言おうとしているのだろう。その頃合を探っている。
言うなと、そう願って、締め付けられる心臓の痛みに練は喘いだ。
「なあ、練」
こちらを見遣った龍太郎の口が開き、『その時』が来ようとしている。
未来永劫、そんな言葉を聴くわけにはいかない。別れてやるつもりなんか、練には更々ないのだ。
――絶対聴いてやるもんか。
練は、右手を伸ばして龍太郎の後頭部に回して固定すると、その口唇へ噛み付くように口付ける。
勢いに揺れた身体に、手にしたコーヒーが少し零れ、龍太郎のスラックスを汚した。抗議しようとしたそぶりは見て取れたが、そんなことはどうだっていい。
逃げ場のないこんな場所を去るまでは、どうにかやり過ごさなくてはならない。恐らく、逃げ道はないからと龍太郎が選んだドライブだったのだろう。
既にその罠に嵌っている練は、せめて、何の言葉も聴かないままに、新宿へと戻らねばならないのだ。街へ出たなら車を降りることが出来る。タクシーでも拾ってしまえば、龍太郎は追ってはこないはずだ。
「…ん……、ん…」
口付けは続く。タイミングを失った互いの手は、いまだ缶コーヒーを握り締めていた。
いとおしむように上唇をはみ、下唇を舐め、合わさる口唇は次第に深くなる。
カフェインの味濃い舌は温かく、舌を絡ませ合えば、そこからとろりと溶けていくようだ。
いつしか、不安な気持ちから縋るような、夢中のキスになっていた。
「ん…っ、ふ…ぅ…」
缶コーヒーをフォルダーの中へ納めた龍太郎の掌が、練の頭に触れる。もう片方の手は抱き寄せるように腰に回り、ぐっと距離が近くなった。
触れ合う胸に鼓動が重なる。
龍太郎の指が練の髪に潜る。
練の髪が優しく撫でられる。
鼻の奥がつんと痛くなる。
身体の底から沸き上がる感情に、涙腺が壊れてしまいそうだ。
水膜が張る瞳に慌てて、練はぐっと龍太郎の肩を押すと、熱い口唇から逃れた。
じん、と疼く口唇は、まだ離れたくはなかったと、名残を惜しんでいる。
「もう少し、走ろう? 龍太郎」
顔を背けて放つ、それはぎりぎりの一言だ。
かなりの力を伴って握り締めていたコーヒーを飲んで、冷めない息を吐き出した。
ああ、と簡易に応じた龍太郎がギアを入れたことにほっとして、練は口唇の内側が噛む。
広がる痛みに、しかし我慢出来なかった涙が、一筋頬を伝った。
フェアレディは首都高を行く。
不夜城、東京の明かりは、幾分少なくなったようだ。それもそのはず、空が白みはじめるのも、そう遠くはない時刻である。
相変わらず車内にはスーパートランプのアルバムナンバーがかかり、練はその旋律に合わせている。
ぐるっと一回り以上したそのアルバムは、再び『Hide in your shell』を流す。
練の好きな曲ではあるが、歌詞をなぞるうちに、言いようのない哀しさに胸を襲われた。きゅっと締まる感覚に、涙腺は連動するのだろうか。目頭が熱い。
「朝なんか、来なけりゃいいのにな」
ぼそりと呟く龍太郎の声。
それは、都心に落ちる夜よりも、よほど残酷だ。
「このまま、走り続けて、二人だけでさ……」
「覚悟もないのに、言わないで」
発した言葉は、思った以上に感情が現れてはいなかった。淡々とした調子のそこには、少しの心情をも漏らすまいという、懸命な練がいる。
――あんたが覚悟したなら、そんなこといつだって出来るさ!
潤む視界で、夜景は滲んで見えた。
悪態は痛む胸に邪魔をされて、言葉にはならない。
こんな男を、どうしたって見放せない練は、助手席でただ、聞き慣れたナンバーを口にし続ける。
口唇と髪に残る感触の余韻に捕らわれて、声が少し震えた。
「何も、言わないで」
――Oh, we're such damn fools...
――ああ、俺たちは、とんでもない愚か者です。
***
その曲は、まさに二人のことを歌っている…!と、気付きました(笑)
2008.8
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