■49:ロイヤルミルクティー

  酒の後のミルクティー……自分なら絶対にないのですが、練に飲ませてごめんなさい(笑)
  快眠に繋がるという点のみ採用ということで!(いっつも適当。)

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「もうここでやめとけ」
四十数度の酒を先程から躊躇いもなく飲み続ける練に、麻生は溜め息をついた。
自分だって人のことを言える立場ではないのだが、それでも、こいつに比べたらまだ可愛いものだ、と思うのだ。
最近は歳をとったせいもあるが、酩酊感を味わうまでに必要な量が、練とはずいぶん違う。練は、底なしと言うやつだ。
そして性質が悪いことに、それこそぶっ倒れるまで、いや、ぶっ倒れても酒を呷り続ける。
「なんでとめんの」
「その調子で飲まれちゃ、俺の家の酒がなくなる」
「いいよ、十本でも二十本でも好きなだけ、明日にでも運んでやる」
家で飲む酒にそうそういいブランドは選べず、ウィスキーにしろジンにしろ、手頃な価格のものを常にストックしてある麻生だ。何しろ毎日のことなので、酒代は馬鹿にならない。ビールは最初の一、二本だけで、どうしてもその後に、強い酒が欲しくなるのだ。いいものを仕入れていたんじゃ、家計が破産する。
金がかかると分かっていても、控えようとしても控えられないのが、酒と煙草だ。
「そうじゃなくて、今日は飲みすぎだろ。お前、その調子だとほんとに身体を壊すぞ」
「あんたに言われたくないね。それに、今更だよ、そんなの。あと一本や二本くらいで、どうにかなったりしない」
麻生も付きあっているとはいえ、既にテーブルの上の角瓶は空になった。加えて、練はここへ来る前にも酒を飲んできたと言う。どれほどの量を引っかけてきたかは知らないが、常人からしたら半端な量ではなかっただろう。
まだ数本の買い置きはあるものの、無茶な飲み方を続ける練に、もう新たな瓶の口を開けることは拒みたかった。
「お代わり」
「駄目だ」
「……じゃ、買いに行く」
今夜の練は、ピッチが普段よりずっと早い。
口には出さないが、外で何かあったのだろうか。こちらから無理に訊いたりはしないけれど、どことなく自虐的な態度を見れば、自ずと予想はついた。
しかし、ただ自暴自棄に飲み潰れたいだけならば、この場を選んだりはしなかっただろう。自宅なり店なり、以前に酒を呷っていた場所で、とことんまで飲んでいたはずだ。麻生が注意することを、練が分からないはずはない。
しかし練は、麻生の傍にくることを選んだ。それはつまり――。
「分かったよ、今持ってきてやるから待ってろ」
求めているものは、単純に自分を壊すアルコールではないということなのだろう。


ふんわりと、酒くさかった部屋に漂う、柔らかな香り。
麻生が手に持ってきたマグカップを見るなり、小さくなったグラスの中の氷をがりがりと噛みながら、練は眉を盛大にひそめる。
口寂しかったのか、麻生のグラスの中の氷さえもなくなっていた。アイスペールの中の氷の量も減っている気がしたが、気のせいではないのかもしれない。
「ちょっと、何コレ」
「紅茶だよ」
「やけに時間かかってると思ったら、こんなの作って来たの? 酒は?」
「酒はもう仕舞いだ。まだ何か飲みたいって言うなら、これを飲め」
ほら、と強引に練の前に大きなマグカップを差し出す。細められた視線と目が合ったものの、麻生は肩を上下させて、受けとれよと促した。今度は練が溜め息をつく番だ。
どうせそっぽを向くんだろうと見当をつけていたが、意外や意外、練はそのマグカップを不機嫌ながらも受けとる。
もっと早くに出していても良かっただろうか。それとも、一瓶の角は、最低ラインだっただろうか。
「この前クライアントに貰ったんだ。でも、俺はコーヒー派だからな。飲む機会がなくって」
「それで俺に押しつけるの?」
「ま、そういうことかな。飲めないことはないんだが、やっぱりコーヒーが好きだから」
麻生でも分かる、『FAUCHON』と刻まれた黒い缶には、香り高いアッサムが詰められていた。アッサムがミルクティーに合うことくらいの知識はあっても、子供が飲むようなそれを、自分で作って飲む気にはならなかったのだ。結局、缶の封さえ切らぬままに放置して、現在に至ったわけである。
以前誰かの話に聞いた作り方が、おぼろげながら記憶にあり、冷蔵庫から取り出した牛乳をたっぷりと使い、茶葉から抽出した紅茶は薄めに、鍋の中でともに温めた。
酒の後ということもあり使うかどうかを迷った牛乳だが、連日の暴飲で痛めた胃にはきっと優しいだろう。
「お前は嫌いか?」
「別に、嫌いじゃないけど」
「じゃあ、飲んでみろよ。一応味見したら、悪くはなかったよ」
酒の後のミルクティーなど、自分ならば間違いなく遠慮するが、それは言わないでおいた。カフェオレだって飲みたくはないところだが、別に嫌がらせで練に勧めているわけではない。
練は尖らせた口唇をカップの淵に当て、湯気を立てる紅茶を一口含む。
ロックグラスを持つ姿は立派なものだが、変わってマグカップを持つと、途端にあどけなく見えるからおかしなものだ。
「それ飲んだら寝よう」
「もう?」
「もうって、普通は寝る時間なんだ」
すっかり酒で冷え切った身体も、これで温まることだろう。
原始的であるが、確実に効く催眠剤というところか。
「今日は抱いてくんないの?」
「そんなことしてたら、あっという間に朝だろ」
「何だよ、あんたってほんと、つれねえな」
ロイヤルミルクティーの鎮静作用の効果は絶大なのか、練の表情はぐっと緩んでいた。
とりあえず、今夜はこれ以上、角瓶の封を切らなくて済みそうだ。

これまた意外だったわけだが、練は温かなミルクティーを飲む手を止めることはなかった。美味しいのだろうか、それとも牛乳の味が舌に優しいせいだろうか。
口に合ったのかどうか、麻生が尋ねることはないが、手から放そうとしないことが練の答えなのだろう。




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  紅茶に含まれるカフェインの覚醒効果は、ほとんどないんですってね。
  そっかそっか、これから夜はミルクティーというのもいいかもしれない……と、書きながら思ってみたり♪
  2008.7