■30:キリンの滑り台がある公園

  頭が沸いてます!(笑)
  でも!天使発言は公式なので、許していただければ幸いですっ

  
  ***

深夜の公園に、錆びた金属が擦れる甲高い音が響く。
ギィギィと鳴る木板の上に立ち、錆びた鎖に手をかけ、練は風を切った。
「やめろよ、音がひどい」
昼間なら気にならない音も、しんと静まり返る夜では比べ物にならないほどに耳をつく。麻生は、大人ならばまず乗ることはないブランコをこぐ練に向かって、注意の声を発した。
「うっさい保護者だな、おっさん」
「いい歳して、楽しいのか?」
「楽しいよ、そりゃ」
膝で入れる力に緩急をつけ、練は更に高く、黒い空へと向かう。
確かに、その姿はやけに楽しそうだ。
柔らかな髪が、空気を切ってはさらさらとなびいていた。電灯の明かりを受け、時に髪はきらりと輝く。
こんな平和な日があってもいいか、と、麻生は傍にある境界柵の真鍮の上に腰を下ろした。
「俺にはそんな元気はないよ」
「おっさんだからな」
練がからりと笑う。
途端、微笑ましくなる麻生だ。しばらくは放っておくかと、心の中で呟く。
麻生はジャケットから取り出したハイライトに火を点けて、練を眺めたままに深く煙を味わうことにした。
辺りの住宅地は、既に眠りの中。夜の公園にいるのは、練と麻生のたった二人だけだ。まさにここは、貸し切り状態の遊戯場と化していた。


「あれも、懐かしいな」
興味の対象が他へ移ったらしい練が、ふわりとブランコから飛び降りる。まるで足音さえも立てず着地する様に、麻生の目は一瞬で奪われていた。
耳につく、放り出された遊具が奏でる不協和音も、眼下に焼きついた光景の強烈さにあっさりと負けては、認識の範疇から消え去ってしまう。
歩き出した練の後を追うように柵から離れると、なびいた髪から薫立った甘い香に包まれた。
紫煙さえも掻き消していく、芳しいその香り。うっかり理性を手放したならば、すぐにでも酔ってしまいそうだ。
「うわー、ちっさ……っ」
「子供用だからな、小さいに決まってるだろ」
「ま、そうなんだけど。昔はこれで遊べるくらいだったんだよね」
歩いた先には、小さな滑り台があった。
麻生の腰ほどの高さしかないそれは、黄色くキリンの姿を模倣してある。低い階段は、たったの三段で頂上だ。
幼児たちの怪我を防止するためだろう、あちこちが丸いフォルムで造られていた。
「何笑ってんの?」
練に言われて、自分の顔が緩んでいることを知る。すっかり短くなった煙草を携帯灰皿に押し当てて消すと、まずはひとつ、小さく咳払いだ。
「いや、可愛かったんだろうな、と思って」
「……は?」
「お前の小さい頃だよ」
頭に浮かんだのは、まだほんの幼い、想像上での練の姿だった。
「肌は白いし、髪だって今よりふわふわだったんじゃないのか」
目もずっと大きかっただろうし、口唇も、手足も、まるでそう、作りこまれた綺麗で繊細な人形のようだったのではなかろうか。今の姿からでも、それは想像に難くない。
そしてその人形は、けして座ったままのお飾りではなく、あの自然豊かな朽木の大地を駆け回っていたのだ。
練にもそんな幼少期がある。
ただ、無邪気でいられた時間など、そんなに多くはなかったであろうことは、麻生にも分かっていた。
「ば…っか、何恥ずかしいこと言ってんの」
「何が」
「何がって……、あーっ、やだやだ。これだからおっさんだって言うんだ」
尖らせた口唇を見せる練が、ぷいっと、顔を背ける。
率直な意見を述べただけだと思う麻生には、もちろん悪気など少しもない。練が照れる姿さえも愛しいと感じるあたり、相当に、重症であることは間違いだろう。
練は重々承知だとでも言うのか、それ以上の文句は口にしなかった。
「自分の容姿なんかさ、昔は嫌いだったよ」
背を向けた練が滑り台を離れ、再び歩き出す。
空気に乗って届いた声は、どこか哀しそうだ。
「なんたって、兄貴が絶対な存在で、女みたいな俺は出来損ないだったんだから」
「……練」
麻生は遠ざかる背中を追った。ゆっくりした歩調に合わせて、決して追い越すことなく一歩後ろを歩いて行く。
「ま、昔のことだけど」
移動したのは、距離にしたらわずかなものだ。
ジャングルジムの前で止まった練の背中があまりにも儚くて、麻生は思わず後ろから腕を伸ばして、その身体を抱き寄せた。
抵抗は少しもない。
「でも、好きだったよ。ブランコも、滑り台も、あと、ジャングルジムも」
ぎゅっと前に回した腕に、重なる練の手の平。
「いつも、姉ちゃんと、兄貴が傍にいた。それが、好きだったんだ」
暗い夜はどこまでも静かで、触れ合う熱だけが唯一リアルに存在する。
ノスタルジックな感傷に浸るには、出来すぎたシチュエーションだ。
練の声は別に暗くもなければ、泣いていたわけでもない。しかし、回した手を掴む力はしっかりと強く、その手の熱さに麻生は思う。――自ら離れていくその時まで、抱きしめたままでいようと。
なにしろ、今この場所は自分たちだけの空間だ。


練が見つめた先には、何が映っているのか。あるいは、閉じた瞼の下で、何を思い返しているのか。
相変わらず麻生の目の前には、純朴だったであろう、天使のような幼い練が、公園に遊んでいた。



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  頭、悪いーー!!爆。
  お粗末様でしたっ(逃)  2008.7