■16:遺書と嘘

  はなはだ捏造なのは、沖田の常です。
  いつまでも龍太郎を忘れられない男、及川純。
  まったく、みんな愛しい人たちばっかりで困る!!(笑)

  ***

同期の警官が自殺を図った。もう一週間も前に、そいつは命を絶った。
自宅で首を吊っていたそうだ。上は事故死だと発表したらしいが、そんなことは、よくある話。拳銃でも使って派手に死ぬくらいじゃないと、警察官の自殺は隠蔽されることが多い。
割り切らなければやっていられない職業だ。
何しろ、俺たちも人間なのだから。


「また一課の帳場か、忙しいなお前も」
「ったく、碌に寝れないよ」
行きつけのバーで酒を飲みながら、疲れた顔の龍太郎がぼやく。立ち寄ってはみたものの、こいつはあと一時間もしないうちに店を後にすることだろう。この時間じゃさすがに今日の捜査は終わりとはいえ、明日も朝は早い。
事件は毎日のように起きるし、ぐっすりと眠る時間さえも俺たちには与えてくれない。
「この調子じゃ、俺も早死にだな」
冗談めかして龍太郎が言うが、それは間違いないだろう。
酒漬け、煙草漬け、おまけに究極の睡眠不足だ。
もちろん俺自身も例外ではなく、不健康なのは重々承知でも、酒や煙草は止められない。身体が大切ならば、こんな仕事、やってはいられないのだ。
「そういえば、あんたの同期、死んだんだってな」
「ああ、俺も詳しくは知らないが」
同期の繋がりは濃いとはいえ、本庁勤務の俺に、所轄勤務の一警官の情報が入ってくるはずもない。しかも、上にとったら不祥事である。誰もベラベラと喋ったりはしないし、上も情報規制に躍起だ。
ただ、奴の部屋から見つかったという遺書だけは見させてもらった。――これは裏ルートなわけだが。
「繊細じゃやってられんさ」
水滴をつけたグラスを掲げ、中のジンを呷れば、龍太郎も続けてグラスを上げた。
細い神経じゃ、警察官は勤まらない。
だが、誰だってもとが鈍感なわけではない。この社会の中で、鈍感になろうとするだけだ。
俺も、龍太郎だって、それは同じだろう。
「お代わり」
空になったグラスをバーテンダーに上げて見せる。隣で龍太郎も、ぐっと空けたグラスを同じように上げて、合図を送った。
こうしてこいつと再び飲む日が来るとは、不思議な感覚だ。少し前までは考えたこともなかった。
ただ一度、あの事件の後に俺たちは言葉を交わしただけで、その後は随分と会わない時間が流れた。しかし、同じ本庁勤務ともなれば、一課と四課は切っても切れない間柄。俺たちの縁は、切れることがない。
空白の時間を経た今、何事もなかったかのように、またこうして龍太郎と酒を飲んでいる。
言いたいことは沢山あるはずなのに、それはどれも言葉にならないままだ。


「さて、俺はそろそろ出るよ」
カウンターの上に五千円札を一枚置き、龍太郎が立ち上がる。
「お疲れさん」
「ああ、ほんとだよ」
苦笑いを浮かべ肩をすくめた姿を、俺は真っ直ぐに見つめた。いつの間にか、ちゃんと龍太郎の顔が見れるようになっている。
まったく、時間の経過に敵うものはないなと、思い知らされる次第だ。


死んだ同期が遺した遺書には、迷惑を掛けて申し訳がないと、それだけが書かれていた。
彼の家族は、どうして自殺するほどの理由があったのかと、奴の上司に食いかかったそうだ。家庭では愚痴を零したこともなかったらしい。
最期まで、自分を追い込んだであろう警察にすら迷惑をかけずに死んでいった男。
誰か一人くらい、彼の真実を知る人物はいたのだろうか。

俺も、最期まで真実から目を背けて死んでいくのか。
そう思えば自嘲に口元が歪んだ。
俺たちの関係は、これ以上進展することもなければ、後退することもない。
もう今更なのに、そのことに思考を向ければ、むなしくなる自分を止めることが出来なかった。



  ***

  及川さんと龍太郎。
  一番ずるいけど、時間の経過が、過去を過去にしてくれたんじゃないかなー…なんて。
  はなはだ、捏造です、苦笑。  2008.7