■12:留守電メッセージ

  まだ大島にいる龍太郎と、『出たり入ったり…』の練。

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『メッセージは、一件、です』
再生ボタンを押して流れる、お決まりの機械音声。
続いて、ピーッと、録音再生を告げる電子音の後には、なぜかしばらくの沈黙があった。
発信者が誰なのか、予想は容易につく麻生だ。
首を締め付けていたネクタイのノットに指を掛け、一気に下へと引っ張る。瞬間、息が楽に出来るようで、ほっと深く空気を吐き出した。
『……また電話する』
――たった一言?
麻生はぶつりと切れた録音に、眉根を寄せる。
何があったのか、練の抑揚のない声色からは、判断が付かなかった。
わざわざ家の電話に掛けてきた理由は何なのか。麻生は一日の終わりで疲弊した脳を、無理に働かせて考える。
最近じゃ、携帯電話が一般にも普及し、家の電話や公衆電話なんかより、使用頻度は確実に高い。随分進化した携帯機器は、ますます小型化し、持ち運びも便利になった。
練と連絡を取る手段は、ほぼ、この携帯電話だ。たまには人伝い、なんてこともあるにしろ。
上からひとつ、ふたつと、シャツのボタンを外していけば、エアコンによって冷えた空気が、身体の表面にこもった生暖かい熱を急速に冷やしていく。
今日も暑かった。あとは冷えたビールでも流し込めば、一応の涼は取れるだろう。
「……何なんだ、一体」
麻生は小さくぼやいて、もう一度再生ボタンを押してみる。
しかし、また電話する、と淡々とした口調の言葉が聴こえるだけで、その真意などは分からないままだった。
別に何があるでもない、電話機のディスプレイを見つめ、麻生は溜息をつく。
これまでに彼と関わることによって被った厄介事は、数知れずあったわけだが、こんな小さなことでまで、手を煩わされるとは。
麻生は冷蔵庫を開けると、びっしりと並べてあるビール缶を一本取り出す。小気味よい音と共にプルタブを切り、渇いた喉へ、ぐっとビールを流し込んだ。
喉に心地いい炭酸の刺激がある。身体を潤すように続けてもう一口、ビールを呷った。
「……ったく」
スラックスのポケットを探ると、プライベート用の携帯電話が入っている。麻生は、取り出した電話をいじって、履歴から見つけ出す練のナンバーをディスプレイに表示させた。
最後に着信があったのは、二週間前。練が何度目かの拘留をされた直前だ。
麻生はひと呼吸置いた後に、通話ボタンを押した。分からないものは仕方がないと、一日の終わりにまで厄介事を引き受けた、運のない自分に言い聞かせて。
時刻は、既に午前二時を回っていた。
――構うもんか。どうせ寝てやしない。
電話口に、呼び出し音が鳴る。
また掛けるとは言ったものの、その実、練は電話を待っているんだろう。

『龍太郎』
――ほら、やっぱり。
コール三回で電話口に出た練の明るい声が、麻生の疲労感を、ますます煽ることとなった。
「お前、俺が昼間はうちにいないことくらい、分かってるだろ?」
『非番じゃなかったんだ』
「非番だって、そうそう休みなんかない。何だよ、用があったんだろう?」
空間を越えた向こう側で、練は笑っているようだ。
『あんたが寂しい一人もんだからさ、たまには留守録を再生する愉しみをあげようかと思って』
へらへらと笑う練の顔が見える。
こいつには今の状況下において、懲りるということはないのか? 麻生は呆れるばかりの心境だ。
感情の読めないメッセージに、何が起こったのかと、一瞬でも不安に駆られた自分が馬鹿らしい。
麻生は携帯を耳に押し当てたまま、飲み干した空き缶をテーブルの上において、電話機の履歴を消去した。
『あ、あんた今消しただろ』
鳴り響いた消去音は、電話越しにも届いたらしい。練は不満そうに言った。
『俺の声、残して置いてくれていいのに』
「誰が残すか」
麻生はぶっきらぼうに答える。すると、遠く練は、ちぇっ、と拗ねたように声を漏らした。
表面上では笑っていても、隠し切れない思いがにじんでいるのだろうか。不意に、練の抱えた憂鬱さが伝わったような気がした。
だが、それも仕方がないだろう。何しろ、彼は今、二課の執拗な取調べと戦う毎日だ。罪状は山のようにあり、拘置と保釈を繰り返している。

麻生は、留守録に残された思いを知る。

「……また、入るのか」
『さあね。梶原さん、手強いからなぁ』
練が犯した罪は大きい。その罪を精算するのは当然のこととして、それでも、今の練を生み出した過去を思えば、あまりに重く、苦い気持ちが麻生を襲う。
調べ始めて思い知らされた、なかなか調査は進まない十年前の悲劇だ。
「早く綺麗になって、ヤクザなんか辞めちまえよ」
『だから、俺はヤクザじゃないってば』
発した声は、麻生の方が余程沈んだものだった。
『ねえ、明日も仕事?』
「ああ」
『今から行ってもいい?』
麻生の話を聞く気があるのか、ないのか。仕事だと答えたことは完全に無視し、練は甘い声でねだる。
通話口越しに耳を刺激する声は、疲れた身体には毒のように濃い。
「だから、明日も早いんだって――」
『実はさ、近くに居るんだよね』
「……外か?」
『あんたの部屋の明かり、見えてるよ』
ざっと、閉じられたままのカーテンを開けると、公園の中に、こちらを見やる人影があった。
強引なようでいて、窺いをたててくる練に、思わず込み上げた笑いが漏れる。
「いつもはピッキングして勝手に入ってくるくせに」
『合鍵ないからね』
無茶を言ったと思えば、反転大人しく、というよりもひどく弱気にもなる。練という奴は、不思議な男だ。
「入って来いよ」
『……うん』
保釈中だとは言え、まだ容疑ならば数え切れない程かけられている練を、うちに上げるのはまずいだろう。
だが、そこに姿を見つけた。
会わずに帰すことは、会わずに帰ることは、互いに出来ない相談だ。
「悪いが、抱く力は残ってないからな」
最後になった電話越しの言葉は、麻生が言える、せめてもの強がりだった。


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  いまいち、拘留時の状況をお勉強出来ず、間違いがあったらすみません…!
  初期作品のため、まだ探り探り感が(笑)  2008.7