■09:マッチ箱の店

  もう、そのまんまやん!みたいな、展開です(笑)
  
  
  

  ***


ライターがない。
麻生は周囲をぐるりと見回す。
シーツをばさりと捲ってみても、ベッドの下を覗いてみても、床の上にも、テーブルの上にも、まだ大分ガスは残っていたのに、昨晩、寝る前の一本をしっかり吸ったはずなのに、今朝起きてみたらライターだけが忽然と姿を消していたのだ。
ちなみに、封が切られたハイライトは昨日のまま、まだ数本を中に残してテーブルの上に置かれている。

コンビニに行けばすぐにライターなど手に入るのだが、麻生は起きぬけの今、寝起きの一服が欲しかった。
「練……」
おそらく、彼の仕業だろうという予想がある。
朝起きたら、もう隣に眠ってはいなかったけれど、ライターがなくなる理由など、彼が持ち去ったと考えるくらいしか見当がつかないからだ。
差し詰め、ガス切れにでもなった自分のライターの代わりに、麻生のものを持っていったんだろう。
こんな時に限って使い捨てライターの買い置きすらないなんて。
仕方なく、湯を沸かすついでに、ガスコンロでやや慎重に火をつけ、麻生は至福の煙を肺の中へと吸い込んだ。
いつもと少しだけ味は違ったけれど、ふうっと大きく紫煙を吐き出すと、ようやく心地が落ち着く。
こちらもいつの間に姿を消したのか、練のことをぼんやりと考えながら、取って来た朝刊と煎れたコーヒーを手にソファーに腰を下ろす。
口にはもちろん、再びコンロの火でつけた、二本目のハイライトを咥えたままに。

新聞を開き、捜査に役立ちそうな記事に目を通す。
久し振りにゆっくりと新聞を読んでいられる朝。今日の来客の予定はなかった。しかし、ないならないで、たまりにたまった書類の整頓をせねばならないだろう。
ここ数日続いた仕事に、書類作成を後回しにしていたから、片付けるべき紙の量といったら、見るだけで溜息が出るほどだ。
「……まずは、飯だ」
少しだけ憂鬱になった気分を振り払うように、短くなった煙草を灰皿に押し当て、新聞を閉じた。
何か食べるものがあっただろうか? まずは買出しに出なければならないだろうか、そう思案する麻生の耳に、携帯電話の着信音が届く。
数秒で切れた呼び出し音は、おそらくメールの受信を知らせてくれたのだろう。
好んでメールをしない麻生に届くのは、あやしげな勧誘メールばかりで、開封も削除もしないままにするものだから、時に練の目に触れると、彼がそのメールを処理しているようだった。
何が楽しいのか、人の携帯電話の、それも訳の分からないメールを削除しながらにこにこと笑っている。
多分、今受信したメールもその類だろうけれど、もう一人だけ、麻生に対してメールを送りつける相手がいた。
どうせ迷惑メールだと、その相手からの連絡を放っておいて、ちゃんと開けと叱られたこともある。
怒られるようなことではないだろうと、そう思ったものだ。電話だけで事足りるのに、と。

『今夜23時に待ってるから』

開いた液晶画面には、たったそれだけの練からのメッセージ。
どこに?
何をするために?
詳細も何もないメールに、麻生は溜息をついた。
「……なんなんだ、一体」
ライターを奪い、不親切なメールを送りつけ、起床からたった三十分で麻生を翻弄する練。
彼に昨晩もずっと振り回されたとは、今更思い出したくもない事実だ。柄にもなく頭の中が彼のことでいっぱいだなんて、どうして認められるものか。
自分だけが、今この瞬間を愛しいと思うことが、何人の心を裏切ることになるのか、それを思わずにはいられなかった。
往生際が悪いと、自分では知りながらも。



ライターと食料品を買いに出た先で、練へと繋がった携帯電話を耳に当てながら、麻生は歩みを進める。
「なんなんだ、あのメールは」
『ヒントはちゃんとあげたはずだよ』
「ヒント? あんな短いメールで何がヒントだ」
『メールじゃない。あんたってば、鈍感だよほんとにさ』
呆れ声で文句を言う麻生に、何で分からないのだと、練の口調は少しだけ厳しいものだ。
ちゃんとメッセージは読んでやったというのに、無理難題を押し付けられるのは、なんとも理不尽じゃなかろうか。 ――とも考えたわけだが、それ以上の苦情を言う前に、呆気なく通話は一方的に切られていた。
耳に残る練の言葉に頭を捻る麻生は、練の意図にはまだ気付かぬままだ。
謎解きへの強制参加を余儀なくされた麻生に、切られた電話の電子音だけがむなしく響く。

昨晩、何か約束をしていただろうか? あれこれ考えて、携帯電話の受信ボックスを意味もなく見返し、途中、投げ出してやろうと本気で考えていた一日は、あっという間に過ぎていく。
雑務はたくさんあったはずなのに、予定していた分の半分ほどしか済ますことは出来なかった。





書類をしまう棚のひとつ、その中に存在すら忘れていたマッチ箱が、使われもせずに小さく眠っている。
使うこともあるだろうと、いつだったか練から押し付けられたいくつかのマッチを、棚の中へとしまっておいたのだが、麻生はそんなことすっかり忘れていた。
マッチ箱には、目的の店名が印字されているというのに、麻生がそれを見つけ出すのはタイムリミットが迫る頃。

結局その日も一日、麻生の頭の中から練の姿が消えることはなかった。





  ***

  気付け、龍太郎。と、書きながら自分でツッコミ入れてしまいました(笑)
  どうなの、普通気付くかな? 龍太郎が鈍感なのか、練が試しすぎたのか、どっち!?
  2010.04