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■2:地図にない国
龍練なんですが、練が出てきません……。
というか、誰も喋ってない……!!(笑)
『私立探偵〜』、田村と焼肉を食べたエピソードから、もう少し後の龍太郎でございます。
今日も、捏造甚だしい沖田は暴走……!
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マルタイは、雑誌のコーナーであれこれと最新のファッション誌をチェックしていた。
麻生は怪しまれないよう、少し離れた場所から彼女を見やる。
秋らしいブラウンのジャケットと、膝が隠れる程度の、上品な丈のスカート。高すぎないヒールのショートブーツを履き、背筋を伸ばして立つ姿は、まるで女優のように洗練されていた。
綺麗に染められた長い髪は、毛先の部分に緩くカールがかかっている。下に向くたびに耳にかけた髪の束が落ちてきて、女性はその都度、長く白い指で髪を掬い上げていた。その爪にも、派手すぎないマニキュアが光る。
動く気配がない彼女を見て、麻生は目の前にある雑誌を手に取った。
旅行雑誌のコーナーらしく、国内、海外の情報誌や、ホテルの特集誌などがずらりと並んでいる。
手にした一冊をめくれば、巻頭特集は南国リゾートについての記事で、蒼い海と海上のお洒落なコテージが見開きの写真で飛びこんできた。
これから寒くなるにつれ、底冷え厳しい国の人々は、常夏の地が恋しくなるのだろう。
もっとも海外に行った経験はないから、麻生に南国のよさは分からない。
芸能人の正月の過ごし方といえば、ハワイ滞在、というイメージがぱっと頭に浮かぶくらいだ。
年明けのワイドショーが報じるインタビューでは、決まって芸能人がこう言うのだ。何度行っても飽きることがない、将来はその地で暮らしてみたいと。
暖かい土地はそんなにいいものだろうか。暮らしなれた土地を離れ、食べ慣れた食材を捨ててまで、望んでしまうものなのか。
日本にいては見ることができない、眩しいほど蒼い水の色を眺めながら、麻生は自分がその地に暮らすことを考えてみる。
海外に出たなら、まず第一に言葉が通じない。そんな状況で、一体仕事はどうするのか。
考えはじめてたったの数秒。
あっという間に、却下という文字の大きな判子が、思考という名の紙に押された。
夢がない、現実的でつまらない人間だと苦笑が零れても、考えればやはり、暮らし慣れたこの土地が一番だと思う。
慣れた食事、慣れた日常、大切な友人。手放したくないものが、ここにはたくさんある。
そして何より、愛しい人がいた。練が暮らす場所、昔日の故郷。どちらもなくしたくはない。
練の存在と過去があるからこそ、新天地を求めたいとは思わなかった。
ただ、美しい写真を眺めているのは気分がよい。遠い地の雄大な自然は、コンクリートジャングルの東京にいて、疲れた目に優しかった。
雑誌からちら、と視線を外すけれど、彼女はいまだ真剣にページをめくっている。あの場所から歩き出すには、あとどれくらいかかるのか。
待つことには慣れている麻生は、長期戦を覚悟して、再び手元の雑誌に視線を戻した。
意識を外に向けてから見る写真の中の蒼は、あまりに鮮やかな色で目に飛び込む。
――『二人でさっさと海を渡ってさ、シアワセになればいいんだよ』
ふと、写真を眺める麻生の脳内に、楽観的な誰かの言葉が再生された。
写真に触発されたのか、記憶の引き出しがひとつ開いたらしい。
そういえば、以前そんな会話を田村としたことがあった。たしか、焼肉を奢った日のことだ。
この国から練と二人で逃げてしまえばいいと、彼は糸も簡単に口にして、麻生は、それはできないと、したくはないと彼に告げた。
国を出たところで、本当に何もかもから解放されるとは思わない。
澱んでいるこの闇の中でもがいて、それでも、明るい地に手を伸ばすことを躊躇う。
田村に告げたことは本心だ。しかし、何かを言い訳にしている自分がいることも消し去れない事実だった。
――『故郷なんかより、惚れた相手と南の島で一生暮す方が大事だと思うけどね』
田村が言ったように生きられたなら、どんなに幸せだろう。しかし、日の当たる場所へ行くことは、闇の中で彷徨い続けることよりも困難なのだ。
結局、麻生も、そして練も、この躊躇いを拭い去ることができない限り、南の島へ脱出することは叶わない。
それは簡単なことのようで、今の自分たちにはひどく難しいことだった。
ぱたり。視線の先で、雑誌が閉じられる。
麻生は、コテージから見える夕日の美しさを目に焼きつけてから、一冊を棚に戻した。
目が追うのは一人の女性だ。彼女は重そうなファッション誌を、麻生に遅れること数秒、棚に返して歩き出した。
麻生も後に続いて本屋を後にする。
自動ドアが開いた瞬間、肌を冷たい空気に包まれ、思わず心臓が縮んだ。空はどんよりと重く灰色で、先程まで目にしていた蒼さなど、東京では到底見つけられそうにない。
ジャケットの前を片手でぐっと閉じて、麻生は歩みを進める。これから一層、尾行や張り込みがつらくなる季節がやってくることを、少し憂鬱な気分で思った。
暖かで明るい南の島。地図にも載っていないような、誰の干渉も及ばずに暮らすことのできる、そんな楽園があったなら、その地は自分を受け入れてくれるだろうか。
いまだ遠い楽園と幸せな日々を渇望し、踏み出せない自分の臆病さを呪い、今日もまた変わらぬ日常を生きる。
この重い東京の空の下。練もまた寒さを堪えているのではないかと思えば、無性に温かい練の熱に触れたくなって、胸がぎゅっと締めつけられるようだった。
***
南の国でもどこでもいい、二人の帝国で、二人幸せに暮らしてくれる未来かぁ……
うっかり、頭の悪い妄想が浮かんでしまいそうです(爆♪)
2008.9
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